【第58回】 急がない

合気道では技をかけてもなかなか思うようにかからないものであるが、それにはかからない理由がある。そのひとつに "急ぎすぎ" ということがある。つまりその時、その瞬間まで待てないのである。例えば、掴まれた手をかえして相手の手をつかみ、四方投げをする場合、急いで掴まれた手を小手先だけ動かして相手の手を掴んでしまう。これでは"糞にぎり"となってしまい、力が入らないし、相手も崩れないだろう。

そういう場合は掴まれた支点を動かさず、その対極である腹や腰から動かすと、掴もうとしなくても相手の手が自然に手の内に入ってくるものだ。典型的な技に、相半身や諸手取りの小手ひねりがある。初心者は手先をあまず動かそうとするので、きかないのである。順序としては、足、腰、肩、腕、そして手首というように動かすと、相手の手が手の内に入ってきて、決めようと思わなくとも相手は崩れてしまうものである。

世の中はどんどん忙しくなっている。挨拶ひとつするにしても、せわしなくなり、形式的なものになっている。歩行も何かに追われているようにせかせかしているし、電車に遅れそうだといっては走り、信号が赤になりそうだといっては走る。じっくり足を地に接して、歩いているということを実感し、歩くのを楽しんでいる人はあまり見かけない。二年前にトルコに行ったが、まだ多くの人がゆったり、のんびりと歩くことを楽しんでいたのが印象的であった。

石川県のいしかわ動物園には、日本一の長寿で、世界で二番目に長寿のカバがいる。当年55歳で、人間で言えば100歳以上であるという。そののんびりした動きに人気があって、「デカばあちゃん」という愛称でよばれている。子どもにも大人気だが、多くの大人にも人気があるという。その人気の理由は、「デカばあちゃん」のゆったり、のんびり、あわてす、急がない動作だという。

これまでは、善は急げとか、早ければいいとばかりに、人も日本も頑張ってきたが、そろそろ「デカばあちゃん」のようにゆったり、のんびり、あわてず、急がないような生き方に切り替えたらいいのではないか。そうすれば、合気道の技も自然と手の内に入ってくるし、「デカばあちゃん」のように長生きできると思う。