【第520回】  十字の息づかい

第518回では「天地の呼吸」を書いた。物事すべてそうであろうが、合気道でもこれでよいということはないものだ。今になると、前回の「天地の呼吸」はまだまだ不完全であり、武道的にいえばスキだらけということになる。今回は、「天地の呼吸」を補い、さらに呼吸を進めていきたいと思う。

今回の題は、「十字の息づかい」とする。縦の呼吸(息づかい)と横の呼吸の十字の息づかい、ということである。

しかし、これはけっこう複雑で、簡単に技につかえるものではない。よほど注意して稽古していかないと、会得が難しいだろう。

最近、たまにこの十字の息づかいで効いたと思われる事があったので、その理合いを分析し、書いてみることにしよう。

縦の呼吸は、主に腹式呼吸による、上下に働く息と力(エネルギー)である。横の呼吸は、主に胸式呼吸による左右横に働く息と力である。合気道の技稽古では、体をこの縦の呼吸と横の呼吸の十字でつかわなければならない。まずは、この十字の呼吸で十字の体の動きを身につけ、強靭で柔軟な胸や腹をつくっていかなければならない。

しかし、この段階での十字の呼吸では、摩訶不思議な技はつかえない。己の力による技でどうしてそのような技や力が出たのかと、自分で驚くようなものではない。自分で驚くようなというのは、自分の力以上の力が出て、摩訶不思議な技になることだろう。

摩訶不思議な技と思うものに、私の場合では、「二教裏」で受けの相手が痛くもないのに悲鳴を上げて尻もちをついて倒れたり、「入身投げ」や「天地投げ」で受けの相手が浮き上がって無重力になることである。この理由こそ、「十字の息づかい」によるものと考えるのである。

それでは、「十字の息づかい」を具体的に書いてみる。ひとりでやっても同じであるが、右逆半身片手取りで手を取らせている状態で考えてみればよいだろう。

  1. 息を少し吐きながら、右手と右足を相手に向かって進め、手で相手と結ぶ。その時、己の腹と地を結ぶ。腹の息を、さらに地中に落とす。
  2. 重心を他方の足に移動する。腹と地の結びを切らないようにしながら、息を胸に上げ、胸式呼吸で息を横に広げる。
  3. 息が横に広がるとともに、腹から息が地に落ちながら、腹から胸を通って上に上がっていく。息が上と下の縦、左右の横と十字になる。重要なことは、息と力が、上と下、(前後)左右の両方向に働くことである。下だけや、右とか左だけ等の一方方向では、力が出て来ない。
  4. 重心を他方の足に移動しながら、息と力を腹に収める。
息が動くと共に、力(エネルギー)が出てくる。胸式で息を入れればいれるほど、腹から地へ大きな力が下ると同時に、腹から大きな力が上がってくる。この湧き上がってくる力で技をかけると、摩訶不思議な技になるようだ。

なお、この「十字の息づかい」を一人で自主稽古するなら、やはり四股踏みが良いだろう。十字の息づかいを実感できる。

「十字の息づかい」を身につけて、この「十字の息づかい」で技をかけていけばよいだろう。