第518回では「天地の呼吸」を書いた。物事すべてそうであろうが、合気道でもこれでよいということはないものだ。今になると、前回の「天地の呼吸」はまだまだ不完全であり、武道的にいえばスキだらけということになる。今回は、「天地の呼吸」を補い、さらに呼吸を進めていきたいと思う。
今回の題は、「十字の息づかい」とする。縦の呼吸(息づかい)と横の呼吸の十字の息づかい、ということである。
しかし、これはけっこう複雑で、簡単に技につかえるものではない。よほど注意して稽古していかないと、会得が難しいだろう。
最近、たまにこの十字の息づかいで効いたと思われる事があったので、その理合いを分析し、書いてみることにしよう。
縦の呼吸は、主に腹式呼吸による、上下に働く息と力(エネルギー)である。横の呼吸は、主に胸式呼吸による左右横に働く息と力である。合気道の技稽古では、体をこの縦の呼吸と横の呼吸の十字でつかわなければならない。まずは、この十字の呼吸で十字の体の動きを身につけ、強靭で柔軟な胸や腹をつくっていかなければならない。
しかし、この段階での十字の呼吸では、摩訶不思議な技はつかえない。己の力による技でどうしてそのような技や力が出たのかと、自分で驚くようなものではない。自分で驚くようなというのは、自分の力以上の力が出て、摩訶不思議な技になることだろう。
摩訶不思議な技と思うものに、私の場合では、「二教裏」で受けの相手が痛くもないのに悲鳴を上げて尻もちをついて倒れたり、「入身投げ」や「天地投げ」で受けの相手が浮き上がって無重力になることである。この理由こそ、「十字の息づかい」によるものと考えるのである。
それでは、「十字の息づかい」を具体的に書いてみる。ひとりでやっても同じであるが、右逆半身片手取りで手を取らせている状態で考えてみればよいだろう。