【第506回】 腹と腹式呼吸

合気道の技は、主に手でかける。手に大きい力を集めて円の動きを出すためには、息を十字につかうことと、イクムスビでやらなければならない等である、と書いてきた。

息を縦の腹式呼吸で「イー」と吐いて相手と接して結び、「クー」と横の胸式呼吸で吸って相手を己の円に導き、「ムー」と縦の腹式呼吸で吐いて技を収め、「スー」と吸って相手から離れ、「ビー」と吐いて相手と接し、また始めるのである。

しかし、「イー」と「クー」で相手を導くまでは容易にできるが、「ムー」で技を収めるのは容易ではない。受けの相手を弾いてしまったり、がんばらせてしまうのである。例えば、呼吸法や入身投げで、「ムー」で相手を倒そうとしても、自分の腕は相手の首などにぶつかって、力を入れた分だけ力が戻ってしまい、相手にがんばられてしまうことになる。

今、この問題を解決するのは腹である、と考えている。もちろんこれまでも、腰腹、縦の腹式呼吸は重要である、といってきたが、それ以上に腹は重要であるようだ。これまで腰は体の要(かなめ)であり、力の出どころとして重要だといってきた。また、腹は腰の用、つまり、腰からの力をためたり、用いる箇所ということで、腰と腹は表裏の関係であるから、腰腹と一緒にしてきた。

だが、開祖は腰よりも腹を重視されているようである。確かに稽古を続けていくと、腹が大事になってくる。先ほどの問題を解決するためにも、腹の働きである息づかいが重要である。

「ムー」で、相手の首や胸にかけている手で受けの相手を地に落とすには、ただ息を吐いて腕に力を込めるのではだめだろう。己の息で、自分の体重が相手の首や胸などの接点を通し、地に抜け落ちるようにしなければ、相手は倒れないものである。

そのためには、胸式呼吸で胸に集めた息を腹に落とし、さらに地まで落とすのである。これを開祖は、「はく息はである。ひく息はである。
腹中にを収め、自己の呼吸によっての上に収めるのです」(「武産合気」P.73)といわれている、と考える。

しかし、力んでしまったり、息と腕をつかう順序を間違えれば、うまくいかない。開祖も「魄に墜せんように魂の霊れぶりが大事である。これが合気の鍛練方法である」といわれているくらいである。相手をがんばらせてしまうのではなく、腹の息づかいによって、「魂の霊れぶり」が出るように鍛錬しなければならないのである。

また開祖は、天の呼吸地の呼吸を腹中に胎蔵しなければならない(同上)、ともいわれている。つまり、腹でも天地の呼吸をしなければならない、といわれているわけである。

腹の呼吸は腹式呼吸であり、天地の縦の呼吸である、と考える。天の呼吸との交流なくして地動かず、とのことであり、最初と最後の最初につながる腹の呼吸が需要なわけである。相手と結ぶ最初の呼吸、そして、地と結ぶ収めの最後の呼吸である。

息を吐いても、自分が地からはじき返されることなく、己の体重が地に吸収され、相手を地に落とす。このように、自己の呼吸によって の上に収めると、すかさず地から尾てい骨、背骨を通り、天に向かって息(気)が上がってくるようにする。その息(気)が、腹そして胸に集まって、エネルギー(気)を胎蔵する。剣を切り下すなら、ここで切り下ろせばよい。

しかしながら、この息を吐くタイミングが重要である。息と剣と同時に、つまり、気合やかけ声をかけながら剣を振り下ろすと、剣は腹に邪魔されてうまく切れないものだ。剣を振り上げたら、息を吐きだし、それからすかさず切り下せば、腹に邪魔されず自由に、大きく、強く切り下すことができる。

腹式呼吸で歩いたり動いたりすれば、体が地からはじかれることなく、体重は地に吸収され、体は地と密着し、そして、己の体重が地と結ぶ気持ちになる。日常の歩行も、腹式呼吸でやればよい。また、浮き身や忍者歩きなども引力に逆らわず、浮き上がるような感覚で身体を遣う腹式呼吸でないとできないだろう。