【第504回】 腹と天の浮橋

我々が錬磨している技は、天の浮橋がもとになって生み出されるものであるから、天の浮橋に立たなければならない、といわれる。つまり、天の浮橋に立って、技をつかわなければならないわけである。

これまでは、天の浮橋を心と体の縦と横の十字、また、吐く息と引く息の縦と横の息の十字で、天にも地にも偏ることなく、バランスよく働いている状態であろう、と書いてきた。

だが、立たなければならない天の浮橋はどこなのか、天の浮橋に立つとはどういうことなのか、までにはまだ及ばなかった。今回は、これに挑戦することにする。

人の天の浮橋は腹、腹中にあると考える。その理由は稽古を通して、技が生まれるのは腹からであり。そして技を生むためには腹が天の浮橋に立たなければならない、と自覚するようになったからである。

効く技をつかうためには、体重が技になるように体をつかわなければならない。だが、己もそうだったし、また、後進を見てもそうだが、これは容易ではないはずである。

手先に己の体重を乗せるのは難しい。せいぜい肩から先の腕の力とか、腰から上の上半身の重さくらいのものであろう。例えば、片手でつかませた手を、体重をかけて地に落とそうとしても、少し力がある相手ががんばると、地に落ちるどころか、動かすこともできないものである。

手をつかませている人(取り)の体重がたとえ4、50kgと軽目であるにしても、その全体重がつかませた手にかかれば、つかんでいる相手の手に4,50kgがかかることになる。全体重がかかったら、相手は耐えられず、手や体が地に落ちるはずである。片手で4、50kgの物を持つなどできないからである。

そうはいうものの、体重をつかえない最大の原因は、やはり腹が天の浮橋に立っていないからであると考える。

技をかける際は、息づかいはイクムスビで、縦、横、縦、横、縦の十字で、手と足と体は右左交互に陰陽でつかう等、法則に則って息や体をつかわなければならない、とはこれまでに書いてきた通りである。

体重からの力がさらに強力になるためには、どうすればよいかを研究してみよう。体重は地からの抗力になって腹を通り、引く息で体の希望の部位に伝わる。さらに胸式呼吸で息を吸い続けると、胸に空気が満ちる。この胸中にある空気は強力なエネルギーを持っていることから、これを「気」といってもよいだろうと思う。この気を、さらに腹に落とすのである。

この腹が気で満ちたところから、息を「ムー」と吐いて相手を倒したり、抑えることになるが、ここで腹に力を込めたり、力んでしまうと、相手を弾いたり、逆に相手にぶつかって頑張られてしまうことになる。これはいわゆる「魄の稽古」であり、争いのもとになる。ここでは、腹が天の浮橋に立たなければならないのである。

「ムー」で息を吐いて技を収めるのだが、ただ息を吐いて投げたり抑えるのではなく、腹に気を満たしたまま、気持ちを地に落としながら息を吐くのである。だが、その時に吐いた息が腹を少しも動かすことなく、腹中をスーと通り抜けるようにするのである。

それにつれて、気持ちも体も下に落ちるが、それと対照的に気が昇っていくのを自覚できるはずである。腹は上下することなく、体と体重は下に落ち、気が上に昇るわけである。腹により、魄と魂が上下にバランスよく働くわけであり、これで腹が天の浮橋に立ったわけである。

次回は、天の浮橋に立った腹をどのようにつかえばよいか、を書いてみよう。