【第464回】  胸

合気道のすばらしさのひとつは、身体の各部位のすべてが鍛えられることであろう。開祖や有川師範をはじめ、これまで教わってきた先生方のほとんどは、身体をくまなく鍛えられており、いかなる箇所(部位)にも微塵の隙も見出せなかった。

また、対面している時だけでなく、座っていても、また、後ろから見ても、どこにも隙がなく、たとえ今かかっていってもやられるだろうと思ったものだ。ちなみに稽古仲間などが前に座っているときなど、不謹慎ではあるが、今なら後ろから首を絞めることもできるな、等としばしば考えたものである。

そのような隙のない先生方を見るにつけても、合気道は真の武道だと思ったものである。もしどこか一か所でも弱点や鍛え損ねたところがあれば、敵は必ずその一番弱いところを攻めてくるであろう。

合気道は手で技をかけるが、そうかといって手だけを鍛えても、効き目のある技はつかえないものである。つまり、腰腹と手先を結び、腰腹からの力で、腰腹によって手を操作しなければならない。従って、腰や腹を鍛えなければならないことになるし、腰や腹のつかい方も研究しなければならないことになる。

腰、腹のことは以前から何度も書いているから、この腰、腹の重要性は明白であろう。

さて、腰と腹に続く重要な身体の箇所は「胸」であろう。ここでの「胸(むね)」とは、首と腹部に挟まれた、脊椎より前方の部位である。開祖(写真)や有川、斎藤、藤平、多田、山口などの各師範の腰と腹はどっしりとしたものであったが、「胸」も分厚く、がっちりしていた。

合気道の身体づくりの基本は、技の錬磨を通じてつくり上げていくわけであるが、技の稽古だけで体をくまなく鍛えるのはなかなか難しい。それ故、弱い個所を補強するためには、得物をつかって鍛えたりすることになる。しかし、開祖や上記の先生方が、例えばバーベルで胸を鍛えたなど、見たことも聞いたこともないし、想像もできない。では、どのように開祖や先生方は体を鍛えたのであろうか。

例えば「胸」であるが、これも日常の稽古によって、分厚く、がっちりなるようにしなければならない。だが、日常の技の錬磨で「胸」をつくるのは容易ではないだろう。腰と腹はつくられやすいと思うが、「胸」は難しいものである。

「胸」をつくるのは、呼吸、息づかいである、と考える。つまり、技の錬磨で正しい息づかい、即ち「胸」ができる息づかいをしなければならないのである。

合気道の稽古とは呼吸力の養成である、といわれている。これは、一言でいってしまえば、遠心力と求心力の養成である。

求心力(引く力)を出したり、使うのは、誰でも無意識のうちにやっている。初心者はほとんど、この求心力で技をかけているといってもよいだろう。これは主に腹をつかい、腹式呼吸でやっているのである。息を吐くのも吸うのも、腹式呼吸なのである。これでは、遠心力を出すのも使うのも難しい。

遠心力を出し、遠心力を技でつかうためには、「胸」をつかわなければならない。胸式呼吸で、息を入れる(吸う)のである。この吸う息が多ければ多いほど、大きい遠心力になるはずである。だから、日頃の稽古で少しでも大きな胸式呼吸、自由な胸式呼吸ができるように、「胸」を鍛えていかなければならないだろう。特に、呼吸法はよい。諸手取りでも、片手取りでも、坐技でも、よい稽古ができる。

通常の稽古で不十分なら、2、3kgの鍛錬棒を振るのもよいだろう。胸式呼吸で息を入れながら振り上げ、慣性で下ろすと、腹式呼吸で下りているはずである。鍛錬棒が遠心力で外に飛び出そうとする感覚もつかめるし、そして「胸」が働いていることも感じられるはずである。