【第427回】 背中の筋肉

合気道は技を練磨しながら精進していく。相対で技をかけあって、相手が思うように倒れてくれると、うまくいったとうれしくなるが、時として相手が思うように倒れてくれないこともあるものだ。それもふしぎな事に、長年稽古を続けて、体力や腕力がつくに従って、相手が倒れず、がんばるようになるのである。

長年稽古して力がついているのだから、自分より稽古年数が少なく、力がない相手を制するのは容易なはずである。だが、この一般常識が通用しなくなるのである。

こちらに力がついて、その力に頼って技をかけようとすると、必ず受けの相手はその力を用心し、そして、その力に対抗してくる。こちらの体力や腕力が強ければ強いほど、抵抗が強くなるのである。従って、こちらが強くなればなるほど、相手の反抗が強くなるので、技をかけるのも難しくなる。

この壁を突き抜けなければならないのであるが、これは容易ではない。なぜなら、稽古の方法を180度変えなければならないからである。これまでの体力や腕力などの力、つまり「魄」の稽古を、目に見えない「魂」の稽古へと切り替えなければならないのである。

このために、「第413回 腰からの力」「第415回第416回 魄を制するために」「第418回 心で導く」等を書いてきた。今回はこれを土台にして、さらにどうすれば力に頼らず、また、相手の抵抗を無くすことができるようになるか、を書いてみることにする。

結論から述べると、背中をつかう、つまり、背中の筋肉をつかうことである。
これまでは、足や腰からの力を手先に伝え、心と息で腰を操作して手をつかう、というものであった。それを腰から手(肩甲骨)に力を流すのではなく、腰から背中そして肩、上腕、腕、手先と力を流すのである。

背中は体の「表」であり、力が出たり、流れたりする面である。だが、背中は見えない所にあるので、意識するのが難しい。

腰腹と結んだ手でやると、大きな力は出るが、弾き飛ばす力になってしまう。だが、腰腹から背中の深層筋を通すと、さらに大きな力、異質な力、つまり弾くのではなく、くっつけてしまう力が出る。

背中の筋肉は体の中で最も大きい面積を占めているということなので、この筋肉を利用しない手はない。もちろん、メーンは深層筋である。深層筋とはインナーマッスルともいわれるように、骨に近い筋肉であるから、骨を動かすように、骨を意識して使えばよいだろう。そのためには、意識(気持ち)と息を入れなければならない。

また、大きく息を吸っている時に、背中の筋肉は収縮しやすくなる。呼吸は大事である。

背中の筋肉を使った時に、力がどのように手先に伝わるかというと、体重を地に落として、そこから返ってくる力、地の力は、足底から下腿の筋肉、大腿の筋肉(ハムストリング等)、腰、背中、肩、上腕、腕、手先と伝えられることになる。この流れに沿って、意識と息を入れながら、力を流すのである。ちなみに力が背中に上ってくると、手の末端にある胸鎖関節が自由に開閉するようになるので、手が長く、自由につかえるようになる。

背中の筋肉をつかって技をかけると、予想以上の力が出る。これまで力でやっても動かなかった相手も、力が抜けて、一体化できやすくなる。また、天地の息を入れるように呼吸し、心で体を導くので、相手の心と結び、心も一体化しやすくなるようである。

背中の筋肉をつかう技使いを加えると、合気道が目指している力に頼らない魂の稽古に移ることができるようである。はじめは、たいした魂の力は出てこないであろうが、稽古を続けることによって、精錬、増大していくであろう。ここからが、本格的な合気道の稽古、魄を下にした魂の稽古になると考える。