【第405回】 胸を開く

合気道の技は、手でかけるものである。だから、手にいかに大きい力を集めるか、が技の効き具合に影響する。初心者は末端の手先から力を出し、その末端の力を使うので、大きい力は出ないのである。

力は体の中心の腰腹から出し、その力を手先まで通して使わなければならない。そのためには、肩(肩関節・筋肉)がその流れを邪魔しないように、貫(ぬ)かなければならない。いわゆる、「肩を貫く」ということである。

その力を無駄なく、さらに拡大して使うためには、上肢(上腕、前腕、手、指)と体幹が連結する肩関節を有効につかわなければならない。特に、肩甲骨と可動性が最も大きい肩甲上腕関節(上腕骨の関節)が、重要である。

さらに、体幹の中心部である胸鎖関節が支点となって、力が集まったり、出るようにしなければならない。

故有川定輝師範をご存じの方は分かると思うが、あの先生の打ちの強さ、突きの鋭さ、極めの厳しさ等は、恐ろしいものであった。力の使い方や集中力による動きは、無駄がなく、拍子に合っていて、ほれぼれするものであった。

有川先生は、想像を絶するような修行を長年されてきたし、空手も達人の域に達していたので、そのような動きができたのだろうと考えていた。しかし、どうもそれだけではないし、われわれ凡人でも少しはその真似ごとぐらいはできるのではないかと思い、真似する努力が必要であると思うようになった。そのためには、願望だけでなく、やるべきことをやらなければならないだろう。

やらなければならない事はいろいろあるが、ひとつずつやっていくしかないだろう。まず、気がついたのは、有川先生が正面打ちで手で切り下ろすとき、必ず胸を開き、それから振り上げて、切り下ろされていた。しかし、我々がそれを真似してやろうとしても、うまくいかないのである。

その理由は、胸、背中、肩が固く、柔軟性が無くて、肩から先しか使っていないことにあるようだ。有川師範は胸が開き、胸鎖関節が支点となって、胸鎖関節から手先までが一本の手としてつながって使われていた。先生の長い手と我々の肩からの短い手では、当然威力が違ってくるのである。

この長い手を使うためには、胸鎖関節が支点となって、肩関節が動くようにしなければならない。つまり、肩関節の可動範囲を大きくすることである。そのため有川先生がいわれていたのは、肩甲上腕関節、肩鎖関節、胸鎖関節などの肩関節であったと思う。

これらの肩関節を柔軟にするには、意識して胸を大きく開いて、打ったり、剣を振ったりし、技を使う際にも胸を開くように手をつかう、という教えであった。しかし、なかなか思うように胸は開かないものである。焦らずに鍛錬していくしかないようだ。

だが、これが胸を開いてやるということかと、思えることもある。例えば、半身半立ち四方投げなどでうまくいく場合とは、胸を開き、柔軟な肩関節をつかってやっているようである。これは、胸を開いてやらないと、技がどうもうまく効かないのである。