【第394回】 長い手

技を練磨していく合気道では、技は基本的に手でかけるので、手は大事である。手の何が大事かというと、手の使い方と手の機能ということであろう。

手の使い方は、例えば、折れ曲がらないように使うとか、十字に使うなどあるが、今回は手の機能に焦点を合わせてまとめてみたい。中でも、長い手として機能させるということがある。テコの原理で、手は長く使えば使うほど力は出るのである。

手も、他の部位同様によくできている、といつも感心させられる。7つの関節のところで、その各々が自由に折れ曲がるし、また、手首と前腕、前腕と上腕、上腕と肩甲骨は、それぞれ十字に機能するようにできているのである。

手とはどこからどこまでであるかというと、手の指先から胸鎖関節までである。しかし、通常、技などで使っているのは、肩から下の部分の上腕、前腕、手先までであることが多い。その証拠に長年稽古を続けていくと、肩を痛めて手が上がらなくなることが多いようである。

だから、肩が痛くなってきたら、体からの警告メッセージである。そうなると、そこが痛くならないように、機能する手にしなければならない。

そのためには、肩を貫くことである。手先の力が肩ではなく、腰と結ばれて、腰で感じ、制御することが重要である。これは、以前に何度も書いてきたことである。

この肩を貫く状態では、まだ肩甲骨周辺が十分に柔軟になっていないので、力は手から肩の体側を通って、真下に地に降りてしまう。

肩甲骨周辺が十分に柔軟になると、手の力は手の末端の胸鎖関節に届くようになり、肩甲骨は胸鎖関節を支点にして、内にも外にも上にも下にも、開閉上下と機能するようになる。専門用語では、外転、内転、挙上、下制という。開祖の肩甲骨周辺の内外開閉の柔軟さと可動域は驚異的である。(写真)

肩が貫けるようになって、手先から肩甲骨までを手として使えるようになっても、胸鎖関節までの長い手を使えることになる訳ではない、ということは、自分も経験した。

この差は、非常に大きいものである。これまでの肩甲骨からの力に比べると、この胸鎖関節を支点とした長い手の力は、量的だけではなく、質的にも全然違うものとなる。腰からの力は、それまでのように体側を通って肩甲骨と結んだものとは違い、体中を通って胸鎖関節と結び、胸鎖関節を支点として肩甲骨を開閉したり上下させる機能を持つことができるようになるのである。

すると、これまでより手が長くなり、また、中心により近くなったところから力が出せるようになるので、大きい力が出るのである。

しかしながら、長い手をつくるのはちょっと大変である。なにしろ、これまでの手を改造するわけだから、いうなれば、肩を一度壊さなければならないことになる。これまでとは違い、力を出したり、制御したりする筋肉や神経のシステムが変わるわけだから、これに関連するモノは大変である。

そのため、衣服を着脱したり、ものを持つ手が痛くて上がらない状態が、一年ほど続いた。だが、おもしろい事に、稽古では以前とほぼ同じように力を出すことができたのである。日常で使う筋肉と稽古での筋肉、筋肉系統は、どうも少し違うようである。

ただ、固め技の一教や二教や三教の抑えはきっちりできないことがあったので、相手に途中まででやめてもらったりもした。

一年ほどは肩が痛くて、寝返りも打てなかったが、悲壮感はなかったし、心配もしていなかった。これは次のステップのための試練である、とポジティブに考えていたのである。痛かったが、楽しい我慢の挑戦だった。たとえ、これで肩が本当に壊れたり、稽古できなくなったとしても、自分で信じたことなので、後悔はしなかっただろうと思う。