【第388回】 天の呼吸

合気道は、技の練磨を通して宇宙との一体化を図ろうとする武道であるが、そのためには、小さな人間を相手に修行していくのではなく、人間界を離れた自然界、天地、宇宙を舞台にした修練が必要のようだ。

開祖は、天地の呼吸に合わせて武技を生み出すように修行していかなければならないと、次のようにいわれている。「天の呼吸は日月の息であり、天の息と地の息と合わして武技を生むのです。地の呼吸は潮の満干で、満干は天地の呼吸の交流によって息をするのであります。天の呼吸により地も呼吸するのであります。」(『武産合気』)

地の呼吸が潮の満干であり、この地の呼吸である潮の満干は天の呼吸で呼吸することは分りやすいが、この天の呼吸というのが今一つ分り難いようなので、考えてみることにする。

天の呼吸は日月の息、呼吸であるというから、ここでの天とは、太陽と月である。この日と月の息により、地が呼吸するわけだが、日月の地に与える影響は、日月の地との距離と位置関係によって変わるので、地の息、つまり潮の満干の大きさが変わることになる。

地の息が変わるのだから、地の上で息をしている人にも、日月の息の影響はあるはずである。
日の影響力は、人は誰でも気づいているだろう。太陽が出ている時と、夜や雨で出ていない時では、全然違う。人だけではなく、植物などの生物も太陽によって生きているといえよう。太陽は地から遠のいたり、近づいたり、また黒点などのため熱くなったり、そうでなくなったりと、生きているように呼吸している。

天の呼吸の内の日の呼吸は、このように考えられるわけだが、もう一つの月の呼吸が残っている。月は数日間、雲に隠れて姿を見せなくても、人や生物には太陽のように大きな影響はないように思われる。

しかしながら、月も地や地にあるものに対して、かなりの影響があるようだ。スイスのバーゼル大学などの研究チームの実験によれば、「満月ごろの夜は新月ごろの夜に比べ、平均して眠り始めるのに5分多くの時間がかかったほか、睡眠時間が20分少なくなり、深い眠りが3割減っていた」、と満月の夜は眠れないほどの影響を、我々に与えているということである。人は無意識の内に、知らず知らずに月の影響も受けているわけである。

月も大きくなったり、小さくなったり、消えたり、形を変えたり、輝いたり、霞んだりと、生きていて、呼吸しているように思える。そう思うと、潮が満ちたり引いたりすることや、月にオオカミが吠えること等などが、納得できるようだ。

地に立つとき、剣や杖を使うとき、道場で相手に対するときなど、まずは天の呼吸と結ぶことである。天の呼吸とは天のひびきであると考えているから、そのひびきに身を置き、天と地の間にあることを実感する、あるいは実感するように努めることだと考える。

天地の呼吸は縦呼吸であり、この縦の呼吸が横の満干の呼吸を促すのである。
先ずは縦呼吸という。縦の呼吸なくして、手先から動かす横の呼吸からつかうと、法則違反となり、よい技は出ないはずである。
正しい武技を生み出すためにも、天の呼吸を身につけたいものである。