【第360回】 魄を超える力を出す その2

前回は、魄を超える力は呼吸力だろうということ、そして、呼吸力を練磨し養成するためには、諸手取り呼吸法がよい、と書いた。そして、体幹の力を、手足を陰陽に交互に規則的につかいながら出せば、相当な力、それまでの魄の力を超える力が出せるが、これでは不十分であり、さらなる稽古法があるということを書いた。

その解決法は、長年注意しながら稽古していると分ってくる。それは合気道だけが探求していることではなく、他の武道や芸能などでも真剣に取り組まれているようである。その典型的なものは「能」や「仕舞」である。

能は武士がたしなんだものなので、いうなれば殺人の専門職であった武士が、敵に優れ、生き残るべき動作や所作が凝縮されている。動きのひとつひとつ、所作の一挙手一投足が無駄なく、相手の攻撃があってもスキなく、いかなる瞬間にも最大の力が出せ、最高の働きができるように舞うのが、原則のようである。従って、700年もの伝統ある能からは、多くのことが学べるだろう。

能楽師の安田登氏によると、能では足からの力を大腰筋から背骨、そこから菱形筋、前鋸筋、肩甲骨とつなげて、脚部の大きい力を腕に伝えるという。

合気道で技をつかう場合も同じである。合気道でも脚の力を手先に伝えてつかわなければ、大きい力は出ないものである。

次に、手の使い方であるが、合気道は技を手でかけるので、手の使い方は大事である。大事であるからには、そこには法則があるはずである。

能の型には、「指シ込ミ」「ヒラキ」という動作があるという。「指シ込ミ」とは、腕を前に出すこと、「ヒラキ」とは、出した腕を開きながら元にもどすこと、という。能は深層の自己からの動きにならなければならないが、この深層の手の動きを「翼意識」といい、この「翼意識」を鍛えなければならないし、それを鍛えるに最適なのが、この「指シ込ミ」「ヒラキ」であるという。(安田登能楽師)

その「翼意識」とは、「足の動きに連動して、翼を広げるように手を出していく。足を出す大腰筋の動きが背骨を通って肩甲骨に伝わり、それにつれて静かに手が上がってくるようにイメージをする。大腰筋と天のセンター(後述)がつながり、脚と腕をつなげる深層筋ネットワークが完成し、脚部の力を腕に伝えることができるようになる」ものであるという。(「能に学ぶ身体技法」安田登能楽師著)

これが能の手の使い方の基本であるはずだが、この中に合気道の手の使い方がある。

合気道では、一軸にある足から、自分の体重と力の抗力を内転筋などの内転筋群から大腰筋、脊柱まで伝える。ここで菱形筋で肩甲骨を背骨に引き付けると、ボクサー筋と言われる前鋸筋とつながり、腹と腰がしまって、力がみなぎってくる。また、前鋸筋が肩甲骨を開き、胸鎖関節からの長い手ができ、脚からの力がその手に伝わるので、これで技をかけることになる。

では、これを実際の技の練磨でどうつかえばよいのだろうか。それを、例の諸手取り呼吸法で試してみることにする。

相手が諸手でこちらの片手を掴んでいる時、大きい力、強力な呼吸力を出すポイントは、安田登氏がいわれる先述の天のセンターである。ここは胸鎖関節の後ろで、左右の菱形筋の間、胸椎3,4番目の前に位置するところ、鍼灸では「身柱」というところである。身柱の身は身体、柱は家や人の支えで、両肺、肩甲骨の真中にあって、肩甲骨の加重を支えるところから名づけられた。身柱のツボは、元気にしたり、集中力を高め、ホルモン分泌の促進や新陳代謝の活性化をするといわれる、重要な個所のようだ。

カンフーの達人であったブルース・リーも、この個所を「パンチをするときには、打撃の全体をここに置く」といったといわれる、重要なところである。

この個所の重要性を合気道的に説明すると、ここは縦と横が十字になるところである。つまり、足から脊柱の縦の力と、菱形筋と肩甲骨の横に伝わる力が交わるからである。その十字に交わるところが、安田氏がいわれる天のセンターであり、鍼灸の「身柱」ということになる。

諸手取り呼吸法では、この個所に息を入れ、脊椎からの力を、菱形筋、前鋸筋で肩甲骨を広げて手に伝え、それを萎めないようにしながら手をつかっていくのである。気持ちと息と円の動きの中心をここに置くのである。腰腹を円の動きの中心にするのが基本であるが、ここの十字の点を中心にすることも大事である。つまり、合気道の技は円の動きの巡り合わせであるが、腰腹の円だけでなく、ここの十字の個所の円の動きを加えることが必要であるということである。

諸手取り呼吸法で、最後に相手を倒そうとすると、相手にぶつかって、相手にがんばられてしまうのは、ここの十字の個所が機能していないからのようだ。坐技呼吸法でも同様であるし、技をつかう際も、ここの円の動きは必須であるようだ。また、胸取りや肩取りで相手をそのまま崩すためには、ここが十分機能していなければならない。

ここの円の動きが加わると、相手はあまり反抗心を起さなくなり、喜んでついてきてくれるところからも、これで魄を超えた力が出るということができると思う。

参考文献  「能に学ぶ身体技法」安田登能楽師著