【第357回】 深層筋をつなげてつかう

今のスポーツは勝負が主体になるためか、力の魄に陥っているといえよう。力がなければ戦いに勝つことはできないから、力は必要である。合気道は力を使わないなどといわれているが、そんなことを開祖はいわれなかったし、実際、力はあるに越したことはない。ただし、力に頼ってはいけないのである。

アメリカの野球の大リーグでは日本人も活躍しているが、その中の代表的な打者に、松井選手とイチロー選手がいる。松井選手は最近引退したが、イチロー選手は引き続き選手として活躍している。松井選手はゴジラといわれていたように、腕力に勝っていた選手であったが、それには限界があったのではないかと想像する。一方、いつ引退しても不思議ではないイチロー選手がまだ活躍できるのは、深層筋を鍛えているからだといわれている。彼はそのために数千万円もする深層筋鍛錬用マシーンを自宅に設置して練習していると聞いた。

お能は飛んだり跳ねたりとけっこう過酷な動作をするが、80、90歳でも舞い続けている方がたくさん居られる。開祖や、武道家の名人、達人たちの多くも、相当なお年まで修業を続けておられた。それは、表層筋ではなく、深層筋をつかった稽古をしておられたからに違いないだろう。

体の表面の表層筋は大きな力が出せるし、鍛えることも容易であるので、若いうちはそれに頼ってしまいがちである。だが、それを深層筋に換えていかなければ、稽古を80,90歳まで続けるのは難しいように思う。今回は、深層筋を鍛えるのはどうすればよいかを、考えてみたいと思う。

深層筋は外からは目には見えないものなので、どこにどのように存在し、機能しているのかが分かり難い。文献などで調べて、それを自分の感覚と合わせて知っていくしかないだろう。

深層筋にはいろいろなものがあるが、主なものとして、菱形筋、前鋸筋、大腰筋、内転筋群が挙げられる。これらの深層筋には、各々役割がある。例えば、菱形筋は肩甲骨と背骨をしっかりつなぎ、肩甲骨を背骨に引き付ける。前鋸筋は肩甲骨を開く。大腰筋は、下肢の力を上肢に伝える。内転筋群は足の力を大腰筋に伝え、体重を足に伝える等。

各々の深層筋を鍛える必要もあるが、大事なことは、これらの深層筋をつなげ、いかにうまく連携してつかうかであろう。慣れてくれば、その他の深層筋(例えば、棘下筋、大円筋、脾腹筋、ヒラメ筋など)とも仲良くなり、一緒に働いてもらうようにすればよいだろう。少しでもたくさんの理解者と協力者ができれば、よい結果が出るはずであるし、より長く稽古を続けることもできるはずである。

深層筋を鍛える稽古は、合気道の技の練磨の中にあるし、すでに稽古の中でやっていることでもあると考える。ただ、それに気がつかないでやっているということである。

深層筋を感じるのは、難しいことだろう。これが深層筋だとか、深層筋が働いているなとかを感じるのが難しいわけだが、それならどうすれば深層筋を鍛えることができるだろうか。

まず、深層筋の位置や繋がりを書籍などで勉強して、頭に入れておき、それで技をつかう。例えば、地からの力を内転筋群、大腰筋、前鋸筋、菱形筋、そして腕、手先に流していくのである。

表層筋を使えば、出そうと思ったものにほぼ等しい力が出るであろう。
だが、深層筋を使った場合は、予想した以上の力が出たり、相手が気づかないような小さな力でも、予想を絶する力、強力なだけではなく、相手を結んだり絡めてしまう力、相手に反抗心を起させないような力が出るようである。つまり、そのような力が出た時は深層筋を使っていることになり、深層筋が働いたことになるはずであるから、その部位と繋がりを使って稽古を続けていけばよい、ということになるだろう。 すべての技で深層筋の鍛錬をしているはずだが、中でも深層筋を鍛えていると、自覚しやすいものがある。それは、「呼吸法」である。特に、「諸手取り呼吸法」はその最たるものといえよう。いつも書いているように、合気道の技はこの「諸手取り呼吸法」ができる程度にしかできない、といわれているが、その理由の一つが、深層筋を鍛える稽古法だからであると考える。

呼吸法は大事なので、いつの時代も、どの先生、どの道場でも、呼吸法の稽古は欠かさずに行われているはずである。
この「諸手取り呼吸法」を技の稽古と勘違いして、相手を倒すことを目的にしてしまうと、腕力養成、表層筋育成の稽古になってしまう。それでは深層筋はつかず、年を取って腕力が衰えると、リタイアとなってしまうことになる。

「諸手取り呼吸法」は、はじめは力一杯のぶつかり稽古から始まるが、次の段階では、腕ではなく、相手の二本の腕より強い体幹の力をつかうとよい。次には、「こころ」で自分の体、そして相手を導く、というように、稽古法が変わっていかなければならない。これは前にも書いたことだが、さらに今度は、深層筋を鍛える稽古となる。

深層筋を目覚めさせ、そして菱形筋、前鋸筋、大腰筋、内転筋群をつなげ、切れないようにして、地の力や体幹の力が手先に伝わるようにするのである。このためには、法則に則った動き、体の使い方、そして理合の息遣いをしなければならない。

それに、もうひとつ、「こころ」で深層筋をコントロールすることだろう。
表層筋は、「こころ」のいうことをなかなか聞いてくれないようだが、深層筋は「こころ」を聞いてくれるようであるし、「こころ」の声しか聞いてくれないようにも思える。