【第34回】 はじめが肝心

道場で二人で組んで稽古をしていると、時々もみ合うことになることがある。こうなると技とか気とかは関係なくなり、パワーの世界になってしまう。そして稽古が終わると、もみ合ったことを恥じて反省するのである。しかし、どうしてもみ合いになったかはなかなか分からないものだ。

二人の異質の人間が力いっぱい稽古をすればぶつかり合い、もみ合いになるのは不思議ではない。逆にそうならないのは一生懸命やっていないのかもしれない。勿論、もみ合いになることはいいことではない。どこかで間違いをしているか、問題があるから起こるのである。

技をかけるとき上手くいくかどうかは相手と接したときに決まる。つまり、相手と"むすぶ"かどうかである。相手と"むすぶ"とは相手と一つになることであり、むすんだ相手が自分の一部になってしまうことである。自分の一部だから投げることも、押さえることも、また、自分にくっ付けておくことも自由に出来るのである。

接したとき"むすび"がなければ、相手はまだ生きているので自由に動けるわけで、技をかけてきた相手に逆らおうと思えば逆らえるし、逆らわれれば、あとはパワーに頼るしかなくなる。

相手と接したとき、"むすぶ"ためにはいろいろな条件がある。まず、やっつけてやろうとか、押さえたり決めたりしようという意識を消し、"むすぶ"意識にかえることである。次には身体の使い方である。例えば、手を掴ませた場合、手先と自分の腹をむすび、持たれた部位(接点)は相手が離そうと思っても離れないようにくっ付け、手や腕は力まずに、肩を貫(ぬ)いた力を使うことである。相手と接したとき"むすび"ができていれば、持たれている手は重くなり、手をもっている相手の足は地に張り付いて、自由に動けなくなり、こちらの思う通り、自分の体の一部として動かすことができるようになるものである。

相手がこちらの体の部位を持ってくれるのを"むすぶ"のは理論的にもそう難しくはないだろうが、正面打ちで打ってくる手と"むすぶ"のは容易ではない。何故なら接点部分は狭いし、相反する方向からの力がぶつかるからである。よほど注意しないと"むすぶ"ことはできず、はじき合ったり、押し付けてしまうことになる。正面打ち一教で"むすぶ"方法を『合気道の体をつくる(第20回 小指を鍛える)』で紹介しているのでそれを引用する:「正面打ち一教で、相手の手首と接したところで、接点は動かさずに、小指だけを下げ、相手の手首にひっかける。小指だけで難しい場合は薬指も使う。小指を下げて相手の手とくっ付く(結ぶ)ことによって、相手と一つになり、その後自由に業をかけられるようになる。」

相手がどんな攻撃をしてきても、まず、相手と"むすぶ"ことが肝心である。