【第339回】 右脳と合気道

合気道とは、合気を極める道である。合気とは、宇宙のエネルギーと結ぶということであり、宇宙との一体化と考える。つまり、合気道とは宇宙との一体化を極める道ということになるだろう。

これは容易に到達できる目標でもないし、厳しい道であることは誰にでもわかるだろう。

しかし、最大の問題は、宇宙との一体化の可能性がほんとうにあるのかどうか、確信できてないことであろう。合気道の開祖である植芝盛平翁は、確かにご自身が宇宙との一体化を体験され、宇宙(神様)とともに修行を続けられていたし、我々稽古人に、宇宙との一体化のために合気道の稽古をするように言われていた。開祖を信じて、開祖が言われたことを信じて、稽古をしているわけだが、時として、我々が目標としている宇宙との一体化は、もしかすると開祖しかできないのではないか、と不安になることもある。

先日、NHKのEテレ「スーパープレゼンテーション」で放映された番組によれば、アメリカの女性脳科学者ジル・ボルティ・テイラー博士(写真)はある日、左脳の血管が破裂したため、それまでのような理性的な判断ができなくなってしまった。ところが、その時も右脳は機能していたので、右脳のこれまでに経験したことのないような働きを体験することになった。博士は、脳科学者としてのそのような経験から、人類に貢献できるのではないかと思うと、熱弁を奮った。

テイラー博士の体験からも、左脳は分類、整理、言語を司り、右脳は今を生きること、イメージ、感覚的な性質などを司るということである。さらに、右脳の体験はエネルギーとなって感覚器官に流れ込み、周りのエネルギーにつながっているという。

彼女の話では、脳卒中の最中に自分の体の内部だけが意識されたが、どこまでが「自分」なのかわからなくなり、ただエネルギーだけが感じられた、周りの膨大なエネルギーが流れ込んで、安らぎのある幸福感に満ちた壮大な気持ちになった、という。

博士は、「腕を見ると、もはや自分の体の境界が分からなくなっていました。自分がどこから始まりどこで終わるのか、その境界が分かりませんでした。壁の原子分子と混じり合って一緒になっているのです。唯一感じられるのはエネルギーだけでした。」と言っている。

そして、「もはや身体の境界が分からなくなり、私は自分が大きく広がるように感じました。全てのエネルギーと一体となり、それは素晴らしいものでした。」「この空間の中では、仕事に関わるストレスが全て消えました。身体が軽くなったのを感じました。外界全ての関係とそれに関わるストレスの元が全て無くなったのです。平安で満ち足りた気分になりました。」とも言っている。

つまり、人は「エネルギーを持つ全体」であり、宇宙のエネルギーと一体化したものである、ということであろう。

博士はまた、「左脳は『I am』(アイ・アム)であり、私、個人として独立している感覚の体験であった」といっているから、左脳は私個人として働く性質をもっている。従って、現代人は左脳優位に陥りすぎているため、争いなどの問題が起きる、と考えているようだ。

「人がもっと右脳の世界に行くことができれば、自分自身のエネルギーを実感でき、宇宙と一体化する。人々がもっと右脳の世界を探索するようになれば、世の中がより平和になると私は思います。」と語っている。

この博士の話は、人と宇宙の一体化の可能性があることを言っており、宇宙と一体化するとどのような気持ちになるかも教えてくれる。また、そのためには、右脳をもっと使えばよいこともわかる。

これで、合気道の目標に少し近づいたようだが、では、これを合気道の稽古とどのように結び付けていくか、が問題である。右脳をどのようにつかっていけばよいのか、を考えなければならない。この成果がいずれ出ると信じて、この稿を終わる。