【第338回】 胸郭を広げる

合気道は、相対で技の形を繰り返し稽古して、体をつくり、技を身につけていく。宇宙・自然の条理に則った技がつかえれば、相手に技は容易にかかるだろうが、なかなか思うようにいかないのが現実である。

相手が素直に、または好意的に受けをとってくれれば、うまく技がかかったと思うだろうが、相手が真面目に、真剣に、そして力いっぱいやってくると、なかなかうまくいかないものだ。

自分のつかう技がどれくらいのレベルなのか、チェックできるのは相対稽古であろう。相対でいろいろなタイプの相手と稽古をすることによって、自分の技の未熟さを知り、どこに問題があるのか、どうすればその問題が解決されるのかを追求していけるのである。

合気道の技がつかえるようになるためには、いくつかの必要条件があるが、それには、合気の体ができていなければならないことと、体を技が出るようにつかうことがあるだろう。

一般的に合気道の体は、体の末端から中心に向かってつくられていくと云っていいだろう。つまり、上肢の手首、腕、肘、肩と肩甲骨、腹、そして下半身では足、膝、ハムストリング、股関節、骨盤、腰などなどの順序になるだろう。これらの体の部位がある程度できていれば、ある程度の力がでるし、技もつかえるようになるだろう。

しかし、これだけではまだ大きい力、合気道の力である呼吸力は、十分には出しにくいものである。

合気道では、呼吸力を重要視している。そのための鍛練法である呼吸法(呼吸力養成法)を、どこの道場でも稽古に取り入れている。呼吸法では、最も重要で典型的なのが「諸手取り呼吸法」である。だが、これまでのような体の部位だけの鍛練で、真の呼吸力がつくように稽古をするのは難しいと思う。

真の呼吸力を得る鍛練をするためには、上記の部位に加えて「胸郭」をつかわなければならないようだ。胸郭とは、胸を囲む骨全体で囲まれるスペースで、胸椎、肋骨、胸骨によって作られていて、肺や心臓などの胸部の内臓を支え、保護するとともに、呼吸運動にも関わっている部位である。

腰腹からの力をこれまでは肩を貫いて手先に伝えていたが、つぎは腰腹の力を胸郭に入れ、胸郭から手先に届けるのである。力と息を腹から胸郭に集め、胸郭を広げると、肋骨と横隔膜が動き、腹圧が増す。そして、背中側の肩甲骨を刺激し、肩甲骨と腰(股関節、骨盤)とつなげ、肩が貫けて、腕が大きく自由に動けるようになる。

また、腰も腹圧で満たされた体幹とともに、大きな可動範囲で動けるようになる。

この胸郭を広げながら、諸手で取らせている手首を十字に反し、力を一杯出していけば、これまで以上の大きな力が出せるし、呼吸力がついていくはずである。

息と気持ちを共に腹に落とす力は縦の力といえるだろう。さらにその息を胸郭に集め、胸郭を広げることによって生じる力は横の力といえるだろう。

合気道の技は体を十字につかわなければならないので、気持ちと息と力を縦に腹、地へと落とし、そしてそれを胸郭に入れ、胸郭を広げると、気持ちと息を横に広げるので、縦と横の十字の力になることになる。縦だけの力や横だけの力よりも大きな力になるのである。

武道の呼吸は一般的に腹式呼吸でやるべきである、といわれている。合気道も胸式でなく腹式呼吸でやるようにいわれているのに、胸郭をつかう胸式でやるのはどういうことかというと、初心者の段階で胸式呼吸をすると、呼吸とともに力を横に動かすことになる。合気道は十字であり、息も十字につかわなければならないが、呼吸もまず縦につかわなければならない。縦が腹式呼吸になる。まずは、この縦の腹式呼吸を身につけなければならない。

この縦の腹式呼吸のあとで、横の胸式呼吸(胸郭呼吸)をやると、十字になり、大きい力が出ることになると考える。この胸郭呼吸は、初心者の胸式呼吸とは異質のものである。

この胸郭を広げて、呼吸力がグレードアップできるようになったら、さらに諸手取り呼吸法で繰り返し稽古するのはもちろんのことだが、四方投げや呼吸投げなどでも試すとよい。そして、すべての技で胸郭を広げて、より大きな呼吸力が得られるようにしていけばよいだろう。