【第281回】 夏の稽古

暑い夏の稽古は大変である。一時間も稽古をすれば、大汗をかいて体重が1、2キロ減るだろう。

でも、夏はいい。夏は一年のピークであるかのように、人が一番元気に、全精力で生きているようだし、植物もそのように見える。

夏が終わって、涼しくなってくると、何となく物悲しくなる。この一年が残り少なくなってきていることに気付き、気になってくる。暑い夏の間は、そんなことはない。

夏が暑いので、暑い暑いと嘆く人がいるが、不幸である。夏は暑いのが当たり前で、自然である。夏が涼しければ、涼しいとか寒いと嘆くのはいいし、嘆かなければならない。夏の暑いのを嘆く人は、冬の寒いのも嘆く。だから、いつも嘆いていることになる。不幸な人である。

ましてや、武道を嗜んでいれば、暑いの寒いのと言ってはいられないだろう。技を磨き、自分を鍛える武道は、自分を鍛えるために、自分を過酷な環境におかなければならない。エアコン設備のない道場で夏も冬も稽古をし、夏の最も暑いときに、10日間にわたる暑中稽古に参加したりする。他人は涼しい部屋でのんびりと快適に過ごしているのに、考えてみればご苦労なことである。しかし合気道家なら、暑い夏とも仲良くするようにしなければならないだろう。

暑い夏の稽古はいい。喉が渇いたり、息が上がったりして、他の季節よりも大変だが、いい稽古ができる。

夏の稽古は、他の季節と同じように動いても、疲れ方が違う。特に、高齢者はハーハー、ゼーゼーしてしまうだろう。だから、夏の稽古のポイントは、いかに疲れないようにするかということになる。もちろん疲れないために、気や力を抜いてやるということではない。そんな稽古をしても、満足できないはずである。満足できる稽古をして、疲れないようにしなければならない。

疲れるというのは、筋肉が疲労し、息が乱れ、体力が消耗することである。疲れる主な原因は、無駄な動きと無駄な息遣いをすることと、動きと息が合っていないことであろう。夏以外の涼しい季節では、多少、無駄な動きや息遣いをしても、体が温まるぐらいで、ハーハーゼーゼーにはなりにくいようだが、暑い夏はそれが正直に出てくるものだ。夏の身体は、正直に訴えるのである。

ハーハーゼーゼーしないように稽古するには、まず、息遣いに注意してやることだ。吐いて、吸って、吐いて、吸う、を順序よく、動きに合わせて遣うことである。

初めは意識してゆっくりとやっていき、うまくいかなければ、吸う、吐くを逆にしたり、順を変えてみたりして、息遣いを直していけばいい。

多くの場合、吐くところで吸ったり、吸うところで吐いているから、息が乱れるのである。現代人は無意識のうちに、相手に負けまいと思ってか、息を吐いて力を出す傾向があるので、息を吐き過ぎるようである。息を吐くと、相手を弾いてしまうので、相手が弾かれまいとすれば、そこで争うことになり、疲れるわけである。息を吸う(開祖は、息を引くと言われた)ことを注意した方がいいようだ。

次に、この息遣いに合わせて、技を掛けていくようにするのである。五体の動きを、十字、陰陽などの宇宙の法則に則って遣うようにするのである。息に合わせて動くようにすれば、動きを修正することも容易にできるはずである。息とは関係なく動けば、五体の動きはバラバラで滅茶苦茶になりがちで、修正も難しく、息が乱れ、五体も疲れてしまうことになる。夏の稽古では、それがよく分かるものだ。

暑い夏の稽古で息も上がらず、疲れも出なければ、あとの一年の稽古も疲れないことを、夏が証明し、保証してくれることになる。

また、稽古で息が上がらない動きができれば、日常生活においても息があがらず、汗もかかず、そして心臓もバクバクしないように出来るようになるはずである。高齢者が急いだり慌てたりするのは見苦しいものだ。夏の稽古の要領で、ゆっくりと呼吸に合わせて動き、生活するのがいいだろう。

特に、高齢者は暑い夏の稽古を大事にしていきたいものである。