【第26回】 力まず、焦らず、他人を気にせず

合気道は誰でもできる。試合も無く、争ったり、優劣を決めるものではないので、気軽に稽古ができる。しかし、通常の稽古は老若男女入り混じってやるので、若者の方が多いせいか、または、若者の発散するエネルギーが大きいせいか、道場の稽古の雰囲気はどうしても若者主体のペースとなる。

高齢者も、ともすれば若者ペースでやろうとし勝ちになる。特に、若者と一緒に稽古すると、相手に後れをとるまいと力んだり、焦ったりして上手く動けず、疲れてしまうことが多い。おそらく会社や俗世界では若者に負けなかったという思いもあるのだろう。

合気道は間口は広いが、奥が非常に深い、というより、奥が抜けている。合気道を5年や10年ぐらい稽古しても、それは奥へのほんの入り口なのである。

合気道の技の上手さ、合気道の造詣の深さ、合気道の体の出来具合などは、その人の資質、稽古の年数などによるので、年齢とは関係ない。
人はどうしても相対的に物事を見、自分と他人を比較する性向がある。そして他人に負けまいと力んだり、焦ったりしてしまう。

合気道には試合が無いが、絶対的な戦いがある。それは稽古相手ではなく、自分との戦いである。よほど注意しないと、どうしても自分と戦うことを忘れて、相手と戦ってしまうことになる。
稽古で高齢者は自分が年配者であることなど忘れて、相手と自分を比較しないで、自分のペースで、力まず、焦らず精進するのがいいだろう。