【第250回】 背中で歩き、背中で技を掛ける

人の体は左右対称で、Xに機能するように出来ているようである。その典型的な例としては、頭の左側を損傷すると、体の右側半身が不自由になったりする。実際面では、左足に体重が掛かって沈めば、右手が上がりやすくなるし、左手を持たれたら、左側(手、足、肩)を動かさず、体の右側を遣うことで大きな力が出て技に遣える、などなどである。

また、足の踵に体重がのると、腹に力が流れる。腹に力がたまると、背中に力が流れる。逆に、つま先に体重をかけると膝に力が流れ、膝から腰椎に、腰椎から胸に力が流れる。これでは力が出ないばかりでなく、膝や腰を痛めてしまう。つま先に体重をかけると、力は体の裏側を流れるので理にかなわないことになる。

いつも言うように、力は体の表を通して遣わなければならない。理に反すること、自然に逆らうことをすると、その怒りを買うことになる。

歩くのも走るのも、体重は足の真上から踵に落とすのがよいが、合気道の稽古でも同じである。稽古で歩を進めるときも、踵に体重を落とし、地からの抗力を踵から、もも、太ももを通して腹に伝え、そして背中に流すのである。そうすると、足が着地する度に、背中に着地の衝撃が伝わる。それで着地したと感じるので、背中で歩いているという感じになるはずである。姿勢もよくなり、美しく歩くことができる。開祖の歩みはまさに背中で歩かれているといえるだろう。(写真)

地からの力(抗力)は人が出せる力より大きいはずだから、技を掛けるときは、この力を踵から背中に流して遣えばよいことになる。ただ、踵と背中を結んでいなければならない。結んでいればあとは手先と背中を結び、踵からの力が手先に伝わるようにすればよい。

ということは、技は足(踵)で掛けるともいえるし、背中で掛けるとも言えるだろう。胸取り二教でも、背中を遣えばよい。背中と踵からの強烈な力となり、手先だけの力とは量と質において雲泥の差である。

合気道では、背中で歩き、背中で技を遣うようにしたいものである。