【第25回】 息使い

入門したての頃だけでなく、初段をもらって袴をはくようになっても、稽古が終わると、帯がゆるみ、帯がへその上にきていた。先輩や上級者は、いつも帯が腹の下におさまっていて、どこが違うのか不思議に思ったものである。
最近は帯も下腹におさまるようになった。以前はなぜ帯がずり上がってきてしまったのか、考えてみるに、息の使い方にあるのではないだろうか。

入門した頃、所謂、肺を主に使う胸式呼吸を主にしていたため、腹に張りがなく、帯を留めることができず、帯はずれ上がってきた。その後は、「腹に力を入れろ」とか、「臍下丹田」など言われるので腹に意識がいくようになり、また、出入りする息の量も胸式呼吸に比べると格段に多く、動きも楽になる腹式呼吸にかわってくるのだが、腹式呼吸の場合には、息を吸うときは腹が膨らみ、帯はきっちり締まっても、息を吐いたときに腹がへこみ、ここでやはり帯がゆるんでしまうのである。

今、帯が下腹に収まるようになったのは、息の使い方が、息を吸うときも、息を吐くときも腹は膨らんだままであり、へこむことがないからである。従って、腹と帯は常に密着しているので、上にずり上がり難いのである。特に、腹に当たっている帯のところと、袴の腰板のところ(命門)を意識すると、帯が密着してくれる。

昔、武士は刀を差して歩いていたが、このような息の使い方をしていたはずだ。今でも、和服をきちっと着こなす人は、このような息の使い方をしているのであろう。この息の使い方を「密息で身体が変わる」(新潮選書)で中村明一氏は「密息」と言っている。氏は、この書の中で密息を、「腰を落とした姿勢をとり、腹は吸うときも吐くときもやや張り出したまま保ち、どこにも力を入れず、身体を動かすことなく行う、深い呼吸です。外側の筋肉でなく深層筋を用い、横隔膜だけを上下することによって行うこの呼吸法では、一度の呼気量・吸気量が非常に大きくなり、身体は安定性と静かさを保つことができ、精神面では集中力が高まり、同時に自由な開放感を感じます。」と、述べている。

しかしながら、息の使い方の難しさはまだ他にもある。史上最年少の横綱、北の湖は、「相手が息を吐いた瞬間を狙えば必ず倒れる」と言っていた。つまり、吐いたり吸ったりする息使いを相手に悟られないようにするのも、大切なことである。息の使い方も奥が深いようだ。