【第228回】 つま先
柔術や武道の技がつくられた時代と、我々が修行している時代は、大きく違う。開祖が合気道をつくられた時代と現代でも、大きな違いがあるだろう。当時は電車、バス、タクシーなどの乗り物もなかったし、汽車も今のように便利ではなかった。だから、人はよく歩いた。田畑の仕事や建設工事などは、機械を使わずに人力である。また、戦前までの服装は和服であり、戦後は洋装になっていった。当時と今の人の力の遣い方、体の遣い方は大分違っているはずである。
体の遣い方が昔と大きく違っているもののひとつに、つま先があるだろう。昔の人は、よく歩いたし、それも靴ではなく下駄や草履やわらじで歩いたので、つま先は強靱だったはずである。現代人は、交通機関が発達し、整備されているし、また世の中忙しすぎるので長時間歩くことはなくなった上に、靴を履くのでつま先をあまり使わなくなってきている。
武道では、つま先も重要である。つま先がしっかりしていないと、自分の体勢を保つことはできないし、体重移動がスムースにできないだけではなく、膝をいためることになる。また、つま先が弱いと、四股を踏んでもふらついてしまうし、入り身転換も上手くいかないし、技も掛かりにくい。
合気道の稽古は体をつくることも重要であるので、合気道の稽古をすることによって体ができていかなければならない。しかし、そのためには、つくりたい体の部位を意識した稽古をすることが必要であろう。
いつも書いているように、かつて本部で教えておられた有川定輝師範は毎回、稽古人に合気の体をつくるためのプログラムで指導されていた。
2000年8月3日は、「つま先」をつくる稽古であったので、その時師範がやられた稽古プログラムとコメントを紹介する。但し、一部の技の名前は私が適当につけたものである。
- 準備運動:
― 両手を外側から廻して、正面で中心を切り落とし、蹲踞(そんきょ)する。
― このときつま先立ちする。
ポイント : つま先立ちがこの日の稽古のテーマである。有川師範は、いつもこの数十秒の準備運動の中で、その日の稽古のテーマを暗示されていたのだが、はじめはこれに誰も気づかなかったようだ。
― つま先に力をいれる
師範コメント : 今は靴の文化なので、つま先を鍛えるのは難しいが、これが出来ないと合気の動きは出来ない。
- 正面打ち一教
― 居つかずに進んで相手の腕を制する。
― つま先に体重をのせて、体重を移動する。但し、進むのは踵から。
- 正面打ち入り身投げ
― つま先から進み、つま先に体重をのせて転換する。
師範コメント : 通常は踵から進むが入り身はつま先から進む
- 正面打ち四方投げ
― つま先に力を込めて一教で攻めて、一歩足を引いてつま先に体重を移動し
― 手は相手の手に絡みつけるようにして、踵からつま先に体重を移動して四方投げに移る
- 正面打ち呼吸投げ
― 踵からつま先に体重を移動しながら一教でぶち当たり、反対の手、肩、腰を相手の死角に反転、体重を踵からつま先に移動しながら
― 手を垂直に上げ、ヒジで相手の水月を突くように下ろす。
- 正面打ち切り落とし
― 正面打ちで打ってくるのを気持ちで押さえ
― 後ろ足引いて
― 右手で相手の打ってくる右手を直下に打ちおろし
― 倒し、抑える
ポイント : 投げ飛ばさない
踵からつま先への体重移動が重要
- 片手取り入り身投げ(表);
― 取られている手を腹の前で、十文字に腹に密着するようにしてはずす。
― 手首の反しが大切。
― 相手の手を垂直にあげ、垂直に下して倒す。
ポイント : つま先から進む。つまり、つま先から着地して体重をのせる。
つま先の鍛錬稽古には入り身投げ(正面打ち、片手取り、突き等)と四方投げ(正面打ち、片手取り等)が特にいいようだ。
但し、へたにつま先を遣うと膝など痛めてしまうので、注意が必要だ。つま先に体重をのせる場合、踵から拇し球に体重を移動してのせていかなければならない。そうすれば土踏まずのアーチが低くなり、つま先に力が自然と伝わり、つま先は床に密着するようになる。
入り身の場合のように、つま先から進んで着地する場合も、直接つま先ではなく拇し球での着地ある。拇し球から着地しないと、着地したときの衝撃は足の脛や膝(体の裏=前面)に来てしまうので力が出ないだけでなく、膝など痛めることになる。踵だけでなく、拇し球からのつま先での着地でも、そこからの力は体の表側(後面)のももに繋がらなければならない。そうすれば膝を痛めないだけでなく、その力が腰、肩甲骨と体の表を通って手先に伝えることができるのである。
休みの日などや近所の散歩などは、極力、下駄や草履を履き、つま先を意識して歩いてみるとよいのではないだろうか。
Sasaki Aikido Institute © 2006-
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