【第196回】 臀部

武道の達人、上手は尻がしっかりしている。しっかりしているというのは引き締まっていて大きい、といえるだろう。本部道場で教えておられた故有川師範は、尻と太腿にしっかり肉がついていたので、正座でも爪先を立てているようにさえ見えた。(写真)

稽古を続けていると、尻が硬く大きくなってくるのが分かる。最もそれを意識するのは、ズボンがきつくなったり、ベルトの穴の位置が変わったりすることだろう。

尻は専門語では殿部とも臀部ともいう。殿部は腰部の尾方にある。臍の下の下腹部と呼ばれる部位の背面に位置する。この殿部とそれに繋がる太腿には、人体の8割の筋肉が集まっているといわれており、下肢に接続する筋肉や皮下脂肪層によって肉が盛り上がっているわけである。

因みに、この殿部に近いが、使用するに当たって区別が難しいのが「腰」であろう。 大雑把に言えば、腰は殿部の上部に位置する。腰は脊柱の下部から骨盤のあたりをいい、体の後ろ側で胴のくびれているあたりから、殿部で一番張っているあたりまでを漠然と指しているようである。専門的な「腰」の定義もないし、医学書にも「腰」という専門項はないようである。

殿部は主に二つの殿筋で構成される。

一つは、腰骨と大腿骨が接続する股関節部を覆い、サポートし、また主に股関節の伸展の際に働く大殿筋。
二つ目は、大殿筋の少し上かつ側面にある中殿筋で、主に股関節の外転、屈曲の際に働く。

どちらの筋肉も、足を遣う動きと体重を支えるためには、不可欠の筋肉である。合気道の技の練磨においても殿筋が鍛えられていなければ技はうまく効かない。

合気道の技の鍛錬では、下半身は大事である。技は足(脚)で掛けるといってもよいだろう。技は、下半身を上手く遣わなければ掛からないのである。

そのためには、 ことが必要であろう。

このためには、ます殿部を鍛えなければならない。道場稽古で殿部が鍛えられるように稽古をしていかなければならない。そのための最適な稽古は坐技である。開祖が居られたときは坐技での稽古が多かった。

あとは、殿部から力が出るように、殿部を遣って鍛えていくことであろう。もっと殿部を鍛えたいならば、理想的な殿部を有する人たちの鍛え方を真似すればいい。例えば関取である。ああいう尻になりたいと思えば、関取りがやっている四股、すり足、てっぽう突きなどをやればよい。

次に、殿部が充分に働けるための体の遣い方、姿勢である。どんなに強靭な殿部をもっていても、遣い方を誤れば何もならない。完全な直立位ではなく、股関節と膝を軽く曲げて股関節と膝関節が伸展しないようにし、やや殿部を落した姿勢とならなければならないだろう。体の重力は常に足の中心に掛かるようにし、殿部と腰腹の移動で重心の移動をしなければならない。殿部の重心と足裏の中心が軸となり、その左右の軸が殿部主導で移動するのである。重心が爪先にかかると、殿部の力は膝で大幅に減少してしまうし、膝を痛めることにもなる。また、膝を柔らかく自由に使うためには、突っ張らないで貫く呼吸をしなければならない。

稽古も一生懸命やらないと、殿部は鍛えられずに退化していく。現代は、日常生活でますます体を使わなくなってきている。稽古を全くしない人とか、やっても真面目にしていなければ、「40歳以上になると、体の筋肉は毎年1%ずつ落ちてくる」(医療ジャーナリスト・福原麻希)という。また、休みなどで2日間も家でテレビなど見ながらゴロゴロしているのも、やはり筋肉が1%減少するという。

人の体の衰えのバロメーターの一つは、殿部であろう。年を取ったり、体力が落ちてくるのが、最も分かるところのようである。殿部に元気がなくなってきたら要注意である。殿部を鍛え、鍛えた殿部が充分に働けるような体の遣い方、息づかいを稽古していかなければならないだろう。