【第195回】 肩甲骨と骨盤

人とチンパンジーが枝分かれしたのは500〜600万年前というから、人類の歴史は500〜600万年ということになる。

二足歩行になった人類は、それ以前の四足歩行とか木にぶら下がって暮らしていた時期に比べれば、当然、体の遣い方は違ってきたはずである。また、現代のように便利な移動手段や機関が普及すれば、足を遣わなくなって退化するだろうし、逆に頭を遣わなければ快適な生活は難しいので、時代が進むにつれて頭の脳細胞はますます遣われるようになり、発達するだろう。必要な体の部位を遣えばそこは発達したり頑丈になるが、遣わなくなれば盲腸のように退化していく。

四足歩行の時期と比べて著しく退化したと思われるものに、肩甲骨と骨盤がある。四足の動物とどこまで比べてよいか分からないが、熊やライオンなどがあのスピードで走れるのは、肩甲骨と骨盤の働きにもあると思える。肩甲骨と骨盤が柔軟に動くことと、肩甲骨と骨盤が連動して手足(前足と後ろ脚)を動かすことである。

肩甲骨と骨盤は似ている。共に平べったい形をした骨(扁平骨)であり、肩甲骨からは腕が出、骨盤からは脚が出ている。動物の場合は、肩甲骨から出ているのは前脚、骨盤から出ているのが後ろ脚となり、前脚と後ろ脚が連動して動いている。人間の場合は、四足のハイハイの赤ちゃんのときは手と脚がうまく連動して動いているようだが、二足歩行になると手足の連動はなくなって、バラバラに遣われているといえそうだ。

現代は体をますます動かさないようになってきているが、とりわけ肩甲骨や骨盤は、日常生活において動かして遣う必要がなくなってきているといえる。武道での技の鍛錬においても、肩甲骨や骨盤を遣わない日常の体の遣い方でやろうとするので、力が出なかったり上手くいかないだけでなく、体を痛めてしまったりするのだと思う。

武道は人間の潜在的な能力を最大限に活用するものであるはずだから、今、日常ではあまり遣わなかったり、消滅してしまったであろうものを遣わなければならないはずである。従って、肩甲骨と骨盤も、野山を駆け回っていた時代や二足歩行になる以前の遣い方をすれば、大きな仕事が出来るはずである。

合気道の技は手で掛けるので、地を踏む脚からの力を如何に手先に伝えるかが重要になる。そのためには、肩甲骨と骨盤が重要な役割を果たすことになるので、肩甲骨と骨盤の研究も必要になるだろう。

骨盤は、太ももの骨である大腿骨と背骨をつなぐ骨である。つまり、上半身と下半身をつなぐのは骨盤である。そして、骨盤と肩甲骨は背骨を通して開いたり閉じたり連動して機能するようにできているという。

例えば、肩甲骨を中に寄せれば、開いている骨盤が引き締まる。そうすると骨盤に力が集まり、足からの力が集まってくる。そして、骨盤に力が集まると、肩甲骨が緩んで開く。

肩甲骨と骨盤を上手く使えなければ、技は決して上手くいかないはずである。 まず意識しやすいのは肩甲骨であろう。肩甲骨が動くよう、肩甲骨とその周辺筋肉を動きやすいようにほぐすことが重要である。そのやり方は、「第185回 肩甲骨」で書いているのでここでは省く。

次に、肩甲骨の遣い方である。左右の肩甲骨を中に寄せるように遣う練習をすればよい。体術だけでなく、得物を扱う練習でもそれを意識することである。そうすれば骨盤がしまってくる。

骨盤については、「第190回 骨盤を意識する」「第191回 骨盤の遣い方」に書いているが、この他、金哲彦氏(有森裕子などのオリンピック選手のプロ・ランニングコーチ)は、「骨盤を『前傾』させることが大事である。骨盤が後傾した姿勢だと上半身より脚が前に出ているため、骨盤を動かすことができない。骨盤と体全体を前傾させることで重心をコントロールしている。」という。

合気道の稽古の姿勢で、骨盤を前傾してつかうことが重要なようだ。前傾するというのは、骨盤の上部が前に傾くわけであるが、そのためには爪先と膝に体重が掛からないようにしなければならない。

肩甲骨と骨盤の各々が上手く機能しても、それが連動して働かなければ意味がない。肩甲骨と骨盤は密接に関係があり、骨盤と肩甲骨は背骨を通して開閉が連動するように形成されているといわれるが、肩甲骨と骨盤が連動して機能するために、ただ肩甲骨や骨盤を動かそうとしても、連動しては動かない。

連動して動くためには、「呼吸」が重要であろう。正しい息遣いによって 肩甲骨と骨盤が背骨を通って連動できるようにするのである。言葉を変えて言えば、背骨で息をするようにするのである。この息遣いは、もちろん「生産び」(思想と技 第191回)である。

熊やライオンやカンガルーの強烈な一撃の力に少しでも近い潜在的な力を出すために、彼らのその力のもとになっていると思われる肩甲骨と骨盤を連動して、上手く遣っていきたいものである。