【第182回】脳科学と合気道
〜 ミラー・ニューロンとシンクロニシティ 〜

合気道だけではないが、武道で上達するためには、相手と組んで技を掛け合って練磨したり一人稽古をする他に、見取り稽古というものがある。道場にすわったまま、みんなが稽古をしている姿を眺めるものである。

見取り稽古は、技が上達する上で大事であると言われるものだが、なぜ見ただけで上手くなるのだろうか。他人の「わざを盗む」ためかと思ったが、どうもそれだけではないようだ。最近の脳科学での新しい発見から、それが説明できるのではないかと思う。

下記の本によれば、ミラー・ニューロンという神経細胞が見つかったそうであるが、その脳細胞の働きで、行為者とそれを見ている人の脳に、まるで鏡に映ったように同じ電流が双方に流れると言う。従って、技を掛けている人と同じ反応が、見ている人(見取り稽古をしている人)の脳にも起こるというのである。

もちろん武道の世界では実際には、やる人と見る人のレベル差があるので、双方に同じ電流が流れることはないのではないかと思うし、一般的には、実際に体を動かした方が、見るだけよりも多くの電流が流れるのではないかと考えるので、実際に体を動かした方が上達するだろう。また逆に、達人が見れば、体を動かしている本人に気が付かないことにも気づくだろうから、本人より多くの電流が流れるのではないだろうか。

また、最近の脳科学では「シンクロニシティ」ということが注目されているようである。「シンクロニシティ」は「同期」と訳されるが、以前は、「共時性」と訳されていたものである。例えば、仲良しの友達が盲腸になると自分もなるとか、双子がほぼ同時に盲腸になることだそうだ。また、一人でDVDなどで映画を見るより、映画館で見た方が断然面白いし、落語も寄席で聞いた方が断然笑える等は「シンクロニシティ」のなせる技という。

合気道の稽古も一人稽古はなかなか気が入らないものであるが、道場稽古では気力が充実しやすく、上達も早いのはこの「シンクロニシティ」によると言えるのだろう。

人間の身体は、ひたすら相手と「シンクロニシティ(同期)」しようとするという。命がサイクルを合わせようとするのだそうだ。すべての生き物は、この「シンクロニシティ(同期)」によって、みんなつながっているのかも知れない。例えば、蛍の群れを同じ部屋に置くと、初めバラバラに光っていたのが、時間が経つと「同期」で光るようになるそうである。

合気道の稽古で大事なことは「むすび」である。この「むすび」は、「シンクロニシティ(同期)」ということかも知れない。技をかけても、自然で無理のない動きには誰でもついてくるようであるし、くっついて離れないものである。この際、相手の力が強いとか弱いは、あまり関係ないようだ。皮膚と皮膚、手と手、体と体が「同期」しているようにも思える。

技を掛けて相手と「同期」して「むすぶ」のは、もちろん容易なことではない。「同期」をするためには、体の遣い方や呼吸遣い等などの条件が満たされなければならないのは当然である。が、それ以外に、邪魔が入るからである。「わたし」が「我こそ」と思って技をかけるので、「シンクロニシティ(同期)」がかき消されて、相手は警戒や攻撃態勢に入ってしまうのである。すると、争いの稽古になってしまう。

稽古は、「シンクロニシティ(同期)」が生かされるよう、「わたし」が邪魔をしないようにしなければならないことになる。

参考文献: 『単純な脳、複雑な「私」』池谷 裕二著 (朝日出版社)