【第163回】 天の羽衣

合気道で技を掛ける場合は手を遣うので、手は自由に動かなければならないことになる。また、ある程度の過重に耐える強靭さもなければならない。ある程度の負荷に耐えられない、自由に動かない手では、よい技は遣えない。

手が自由に動くためには、まず手の7つの関節のカスをとって自由に動くようにしなければならない。特に、手首、肘、肩などの可動関節を十分に動くようにしなければならない。関節が動くためには、その関節を動かす筋肉を伸ばしたり、縮めたりする鍛練をしなければならない。

相手に抑えられるなどして荷重がかかった手で技をかける場合、体幹や下肢の力を手先に伝え、その力を遣わなければならない。しかし、体幹、特に腰と手先が繋がらず、腰の力がなかなか手先に伝わらないものである。いわゆる肩が貫けずに、体幹の力が肩でつかえてしまうのである。まずは、肩を貫く稽古をしなければならない。(この稽古法は「第66回 肩を貫く」にあるので参考にしてください)肩が抜けると、腰の力が手先に伝わるようになる。しかし、これで完成ではなく、ここからが本格的な修練の始まりになるのである。

諸手取呼吸法などでは、持たれている手に相当の荷重がかかるわけで、その荷重に耐え、そして、それ以上の力を生み出すようにしなければならない。力を出そうとするとき、体の前面(胸や腹の側)を遣いがちで、諸手取りの場合も、前面の大胸筋を遣ってしまうものだが、そのためには、とりわけ背側の肩の下にある「広背筋」「大円筋」を鍛えるのがよいようだ。

強靭な力を出すために、「広背筋」「大円筋」を強化するに当たって、強靭な筋肉とはどのような筋肉であるかを考えてみなければならない。これは一言でいうと、強い遠心力と求心力の双方の力に耐えられる筋肉ということではないだろうか。もしそうだとしたら、「広背筋」「大円筋」を少しでも強い遠心力と求心力に耐えられるように鍛練すればよいことになる。

遠心力と求心力の荷重に少しでも強く耐えられる「広背筋」「大円筋」を養成する一つの稽古法として、多少重いと感じられる鍛錬棒(私のものは2s)を片手で8の字に振るとよい。鍛錬棒がなければ、バーベルでも一升瓶でもいい。

片手で8の字に振れば、遠心力と求心力の双方の力の養成となる。この時に注意しなければならないことは、肩を貫くこと以外に、地についている足からの力を腰を通して手先に伝えて振ること、手先を先に動かしたり、手先でふらないで腰で振ること、手、肩、腰の力みをとり最大限伸ばして遣うこと、鍛錬棒は常に体の正面にあること、鍛錬棒を握っている手は体の動きとともに常に回転し、8の字のはじめ(手の甲は上)から終わるまで(手の甲は上)180度+180度+180度)と旋回しながら8の字で回転することである。鍛錬棒を両手で振るのもよいが、両手で振るとどうしても肩がつまってしまい、遠心力が味わえないし、「広背筋」「大円筋」が十分伸びきらず、手先に腰の力が伝わる感じが掴みにくい。

鍛錬棒を片手で振っていると、「広背筋」「大円筋」が出来てくると同時に、腕を伸ばす「広背筋」と対立筋の屈筋である「大胸筋」も発達する。これで、伸筋と屈筋が鍛えられて、胸幅が厚くなり、逆三角形になってくる。

開祖晩年の内弟子のS氏がどこかの本の中で語られていたが、上半身裸になった開祖(写真)は、ご自身の「広背筋」「大円筋」にあたるところが襞(ひだ)のようになっていて、そこをつまんで「天の羽衣」だ、と笑って言われたという。如何に開祖がこの「広背筋」「大円筋」を鍛えられたか、またこの筋肉が如何に重要であることを物語っているかがわかるだろう。我々も見習って、「天の羽衣」をつくってみたいものである。