【第162回】 取られた反対側から動かす

人間はまだまだ争いの次元から抜け出せないでいることが、稽古を見ていてもつくづく分かる。合気道は争わないと言われているが、その意味することが分からないようだし、争わないためにはどう「わざ」(技と業)を遣ってよいのかも分からないのだろう。

典型的な例としては、相対稽古で相手が手を掴んだとすると、その掴まれたところを動かそうとしてしまうことである。これは潜在的な闘争本能で相手に負けまい、やられまい、やっつけようとするからである。そうすると相手の受けも、負けてはならじと力を入れてくるので争いになることになる。

なぜ掴まれたところを動かすと争いになり、動かしてはいけないかというと、最初に相手(受け)が持ったところは本来は動かないはずだからである。従って、そこを動かそうとすると無理が生じるので、相手がそれに反応するのである。人間は本能的に、また無意識で、無理に対しては反発するものだ。無理とは、理に合わない、自然に反する、宇宙法則に反することである。

合気道の体の遣い方はいわゆるナンバといわれ、同じ側の手、肩、腰、足とが連動して動くので、手でも胸でも肩でも、相手が取った側の足は地についていることになる。地についている足は動くことができないので、取られた側の反対側の部位しか動かせない。右手や右肩を取られたら、重心は右足に掛かっているので、自由な左足に重心を移してから相手を導いてやらなければならない。右足に重心が掛かったままで手を遣うと、体が捻れたり、手が折れたりしてしまい、十分な力がでないはずであるし、体を痛める原因にもなる。

最初に接触した部位を動かしてしまうために上手くいかない典型的な基本技は、「天地投げ」であろう。接触した手は相手の手に張りつけるようにして動かさず、反対の手を入身しながら下ろせばよいのだが、最初に接触した手を上げてしまうので相手に押さえられてしまい、身体も居ついてしまう。それを無理に上げようとするので、苦労したり、争いになるのである。

はじめに掴まれたところを動かしてやる稽古は、力をつけるにはよいので、初心者にはよいだろうし、上級者でも力をつけたければやればよい。しかし、本来は動かないものなのである。それでも技が掛かるとしたら、それは相手が弱いか、親切に受けを取ってくれるからできるだけの話であろう。ある程度力がついた上級者はあまりやるべきではない。さもないと、道を先に進めないだろう。