人は高齢になると体の不具合が出てくるようになる。腰が痛むとか、足が上がらないとか、手が動かないとか、息切れがする等々である。高齢者の体の不具合は何もしなければどんどん悪くなるだけで、よくなることはない。体の不具合が悪化して限界に達すると稽古を続ける事ができなくなり、合気道の終了ということになる。
これは自然な事なので仕方がない事かも知れない。
相撲の場所中はテレビで相撲を見るようにしている。大先生も若い頃は相撲も強かったようだし、我々にも相撲は魄の最高の武道であるといわれていたように、相撲は多くの人を感動させる日本の素晴らしい文化である。最高に鍛え上げた肉体、力強さ、気魄、多種多様な技等に感動させられるが、もう一つ感動、感服する事がある。
それは土俵に上がるほとんどの力士が体は万全ではなく、どこかしら体に不具合があるということと、そしてその不具合に耐え、相手にそれを気づかせないように奮闘し勝負に挑んでいる姿である。手や足や腰にテーピングをしていればそこに不具合があることがわかるが、目に見えない不具合があることも確かである。しかしそれを相手に覚られないように頑張っているのである。
そこで確信した事は、合気道でも、高齢になり体の不具合が出てきても、力士のように、稽古を続けなければならないだろうという事である。高齢になれば、力士同様に必ず体の何処かに不具合があるわけで、それが普通なわけだから、敢えて大袈裟にする必要はないし心配する必要もない。ましてや稽古を終了する必要もない。勿論、その体の不具合は直すように努めなければならない。経験上言えることは、多くの場合、体の不具合は自身で直す事ができるようだということである。これまで体とは挨拶をし、対話をしてきているので体がいろいろ原因や直し方を教えてくれるのである。それに息のつかい方や気の働きなども身につけてきたわけだから、自身で何とかなるはずである。更に、天と地を気結びしたり、宇宙の力の魂の働きも不具合を解消してくれるはずである。
いずれ体の不具合が極限にくれば体は動かなくなり、稽古終了ということになることは分かっている。しかし日常生活で歩いたり、動くことが出来るうちは合気道の稽古は続けられるものと考えている。
腰が痛い、手が痛い、足が上がらない等の不具合は高齢であれば当たり前であると腹をくくって、稽古を続けて行きたいと思っている。