【第1008回】 武人の姿勢と体づかい

これまで半世紀以上合気道という武道を稽古してきたが、実は内心で武道をやっているという実感をもっていなかったようである。武人として稽古をしているという実感をもっていなかったのである。今や武人の時代とは大きく様変わりしているので仕方がないといえばそれまでだが、我々は武人の考えや技を引き継いで稽古しているわけだから、武人から学ばなければならないと思うし、武人にならなければならないと思うようになった。
これまでの稽古ではそれを忘れていた。技を覚えるのが精いっぱいでそのような余裕はなかった。
私が入門した頃はもう昔の武道を厳しく教える時代ではなく、昔を忘れ、民主主義で平和な稽古の時代になっていた。怪我をしないよう、させないような稽古になっていたので、先生方もそのように教えておられた。武人からはどんどん遠ざかっていたわけである。

最近、武道を嗜むにあたっては、もう一度武人に戻らなければならないと痛感したのである。勿論、ちょんまげを結って大小を差して等という事ではない。合気道を修業するにあたって必要最小限の武人の要因を取り入れるという事である。この要因によって、武道を嗜んでいる実感が持てて、そして己の合気道が更に精進できると思ったからである。
その要因には次の二つがあると考えている。一つは、武人としての姿勢をつくること。二つ目は、武人としての体づかい、技づかいである。

多くの武人がおられたわけだが、私が存じ上げるお二人の武人を下記に掲載する。武人などといわれればお二人は気分を害されるかもしれないが、私にとっては武人とも思えるのでご容赦願いたい。

このお二人を武人と見て、我々と比べてみると我々と大きく違うところがあるのが分かる。それは上体、胴である。その違いは、 この武人の姿勢から体と技をつかうことになるが、武人の技、動きになるためには、次の事が重要になると考える。
それは手と足と腰の一致である。大先生は、「手、足、腰の心よりの一致は、心身に、最も大切な事である。ことに人を導くにも、また導かれるにも、みな心によってなされるからよくよく考えること。」(『合気真髄』)と足と腰の一致が最も大切な事であるといわれているのである。因みに、稽古をしていて分かってきたわけだが、ここの心は手、足、腰の一致によって生まれるようなので、まずは手、足、腰の一致に専念すべきと考える。

しかしこの手、足、腰の一致には幾つかの意味が隠れているので注意を要する。
これまで片手取り呼吸法や正面打ち一教でこの手、足、腰の一致を説明したが、これは所謂、横の一致なのである。
これに加え、手、足、腰の一致には縦の手、足、腰の一致もあるのである。これが武人であるという気持ちにさせてくれるようである。
手と足と腰が縦に結び、一致するということである。しかし、ここの手は肩になり、肩―腰―足と縦に一致するのである。手先から肩までは手であるわけだから肩になっても不思議はない。体と技はこの肩―腰―足の一致の軸から他方の肩―腰―足の一致の軸の移動で体が動き、技がつくられるようで、これが武人を感じさせられるようである。
また、肩―腰―足の一致のために肩を落とすことになるから、技を掛ける際は肩―他方の肩―肩で拍子を取る事になる。手先と肩がしっかり結び、肩で手先をつかうようになると武人になったような気になる。

肩―腰―足が一致すると自由になる。動きが自由になり、技が自由に出るようになる。真の武道という気持ちになる。
また、肩―腰―足の一致によって、1)技をつかう際 2)歩を進めるとき 3)立ち振る舞い(日常の立ち振る舞いも)大らかでどっしりした武人になったように実感する。合気道という武道に励んでいる武人の気持ちになるようである。
何処まで武人になれ、武人のような技がつかえるようになるか楽しみである。