【第1008回】 顕幽神界を同時に開く
「第1005回 魄が下、魂が上、魂が魄を導く」で書いたように、ようやく魂の感じがつかめてきたわけであるが、これまで分からなかったいろいろな事が分かってきた。その一つに、大先生の教えである「顕幽神界を同時に開く」が、片手取り呼吸法で突然、これがこのことだろうと閃いたのである。手の平を体の土台の魄として強力な力を加えれば、気が働き、そして魂が生じるのだということである。これまでは魄を軽視していたために、気が働かず、魂も生じなかったということである。魂の力が働くためには、魄と気と魂が一緒に、同時に働かなければならないのである。これを大先生は「顕幽神界を同時に開く」と言われているはずである。つまり開くとは働くという事になるだろう。ここでは顕幽神界の顕界は魄、幽界は気、神界は魂となるわけでが、いろいろな分類法があるようなのでまとめて整理してみることにする。一部(網掛け部)は私見である。
| 顕界 |
幽界 |
神界 |
| 魄 |
気 |
魂 |
| 肉体・物質 |
生命エネルギー |
神 |
| 土台(裏、下、中) |
土台とその上を結ぶ |
土台の上、表 |
| 人(自分) |
仏の世界 |
神の世界 |
| △ |
○ |
□ |
魄に気を入れて、魄と気を開き、そして魂を開くを同時に行わなければ技にならないということである。魄だけでも、気だけでも、魂だけでも技にはならないのである。魄の土台には、手の平の他、足底、腹・胸があるので、そこをすべて土台として凝結し魄(体)を開かなければならない。この魄を開くのは気である。気が土台である体の裏の魄から表に開き、魂を開くのである。
これが「顕幽神界を同時に開く」であるが、もう一つの意味があると思う。
顕界の自分と仏様と神様に同時に働いてもらう事である。独りよがりに自分だけでなく(顕界)、亡くなられた先生や先輩たちの教えを守り(仏)、そして神様(神)の教えに従って技を使うのである。この修業ができるようになれば、大先生のように顕幽神界を自由に出入りできるようになるのではないだろうか。
「顕幽神界を同時に開く」には、更にもう一つの意味がある。△(顕界)○(幽界)□(神界)を同時に開く、つまり働いてもらうということである。一つの技で△○□をつかうということと△○□を同時、一緒につかうということである。大先生はこれを「△○□が

ということになって、これがまた、丸く円になることが合気道の実行である」と言われている。
Sasaki Aikido Institute © 2006-
▲