【第1006回】 魄の力も必要

合気道は力が要らないと教えられたり、信じている人がいるようだがそれは間違いだと思う。まず、考えても分かるが、力の要らない武道などない。合気道も武道であるから力は要るし、あればあるほどいい。しかし、大先生も「合気道に力は要らない。箸を持てる力があればいい」といわれているから、力は要らないとなるのだろう。
だが、大先生が謂わんとしていることは、技をつかう際に必要な力は箸を持つほどの力で十分であるということである。気を使い、魂が働くようになるとそれが実感出来る。つまり、魄で技を使っているうちはそれを実感できないだろう。気や魂で技を使えるようになるためには、これまで書いてきたように少しでも強力な力が出るように稽古をしてきたわけである。小さな魄の力で技を使える背後には強い力が控えていなければならないということなのである。

最近、改めて力があればあるほどいいと思った。片手取り呼吸法や諸手取呼吸法で気を生み、魂を出すためには魄の力が強くなければならないと再確認したのである。身体の土台に強力な力を入れ込み、土台を力で張り、満たすのである。身体の土台は腹、胸、手の平、足の裏、顔と考える。特に、手の平の土台づくりは容易であるし、重要であるようである。手の平に力を入れると手が凝結し、足底、腹、胸、顔の土台が強固になる。土台は身体の裏である。息を吐きながら力を土台に入れると土台が魄の力で満ちる。そこで息を引いていくと手の平から手の甲に気(魂)が上がってくる。手の平に入れる力が大きければ大きいほど、手の甲の気(魂)も大きなものになる。

手の平の土台を魄の力で張ると、他の土台も張ってくる。各土台が結び、身体がしっかり固まる。そこで息を引いていくと土台の上に魂が生まれ、働いてくれる事になる。身体が一塊となり、身体のどの部位にも遊びがなくなるのである。上手なお相撲さんの姿である。また、この感覚は四股を踏んだ時の感覚でもある。

土台づくりのため、気と魂を生むため、身体を一塊となってつかうために魄の力が必要という事である。勿論、合気道を健康法としてやる人には魄の力の養成は必要ないだろう。ただ、私の研究と論文は真の合気道精進のためである。