【第1002回】 高齢病からの脱却

高齢になっていくとこれまでのように体が思うように機能しなくなってくる。高齢を何才とするか人によって違うだろうが、私の場合は80才としている。また、体の機能が衰えるとは、私にとってその箇所がそれまでのように機能しなくなり、機能不全になることである。合気道の稽古での機能不全だけでなく日常生活でも支障を来すことである。勿論、高齢になれば体全体、何処も彼処も機能低下であるが、稽古で働いてくれれば問題ないとしている。

高齢になり深刻な高齢病に見舞われた。合気道の道場での相対稽古で受けが取れなくなっただけでなく、満足に歩く事、階段の上り下りが上手く出来なくなったのである。足が突っ張ってしまい、受け身で立ち上がる事も、階段の上り下りも、歩行にも支障を来したのである。
こんな高齢病が一年ほど続いた。その間、何とかしなければならないと、その原因と対処法を考えるなど試行錯誤を続けてきた。
なかなか上手くいかなかったが或る時、突然にこの問題が解決された。あっという間にこの高齢病が解消し、通常に戻ったのである。

それは、私の合気道の研究論文が目標にしていた1000回が完成し、HPの更新者に送った翌日の事だった。彼から1000回連載達成記念に「グリッドフォームローラー」(下写真)が送られてきたのである。

この器具の用途は、筋肉のコリをほぐし、筋肉の疲れをとるとあるが、これを見た途端にこれが今の自分の高齢病を解消してくれるものであると閃いたのである。そして実際に送ってくれたのは知人であるわけだが、これは神から私の論文1000回達成のご褒美であると直感したのである。他人には理解できないだろう。大先生は人からお礼を貰う必要はない。お礼は神様が下さるからだと言われているのを思い出したからである。1000回、計4000編の論文を書いたわけだが、よく頑張ったなという神様からのご褒美なのである。誰からもお礼など貰っていないし、貰おうとも思っていないのを、神様は見ておられたのだなと思った次第である。そしてこれからの論文をそう思って書かなければならないと気を引き締めた次第である。

さて、「グリッドフォームローラー」である。すぐにこの上にもも、太もも、腰を載せて転がし、そこの筋肉をほぐした。するとそれまで突っ張っていた足が柔軟になり、そして体が暖かくなったのである。立ち上がって歩いてみると以前のように突っ張らずに自然と歩けるようになったのである。翌日の稽古でも突っ張りが大分解消し、立ち上がるのも楽になったのである。

足が突っ張るようになったのはいい事ではないが、今考えると、そこには必要性と必然性があったように思う。それは合気道の技と体を使うにあたって、体を地と結び、体を重くしようとした結果、足が突っ張るようになってしまったのだと考える。つまり、足の突っ張りは来るべくしてきた事だったわけである。
また、足が突っ張るということは、固まるが緩まない、締まるが開かないということで、足が足の機能を果たせないということになる。足が機能するという事は、塊り/緩み、締まり/開くことである。これは宇宙の営みの基本である「水火」である。足もこの水火で機能しなければ機能不全になるわけである。
歩行の水火は下記の通りである、これは布斗麻邇御霊より割れ別れたる水火の形である。(大本言霊)
この水(息を吐き)、火(息を入れ)で歩を進めるのである。
足の突っ張りで問題があったのは「水火」の内の「火」であったので、それが働くべくもも、太もも、腰の突っ張りをほぐしたのである。もも、太もも、腰は所謂、体の表である。体の表は用である。因みに、体の裏は体であり、支点であるからこのままで問題ない。
尚、この水火の歩行については回を改めて書くことにする。

合気道を長年稽古してきて足が突っ張り、上手く歩けなくなったり、階段の上り下りが困難になる稽古人を見掛けるが、もも、太もも、腰の突っ張りをほぐせばその問題は一挙に解消するはずである。恐らく、合気道の稽古をしていない人でも同じように足の突っ張りの問題は解消されるはずだと思っている。「グリッドフォームローラー」が無くとも、丸太棒でもビール瓶でもできるだろう。

健康でない、体が上手く動かない原因は宇宙の営みと一体となっていないか、反していると思っていいだろう。問題があれば、宇宙の営み・法則と何がどう違っているのか、どうすれば一体化出来るのかを見つけ、実行すればいいだろう。