【第1002回】 気を教える講習会

先日、恒例の合気道講習会から戻ってきたところである。会場はフランスにある友人の道場である。三日間の講習会であったが、今回は特別なテーマをもった講習会で、生徒たちも待ち望んでいたはずである。
そのテーマはなにかというと“気”である。気を感じ、気を生み、そして気の技が使えるようにする事である。自分がようやく身につけたばかりのものであるから、それを他人に分かって貰えるか多少不安ではあったが敢えて挑戦することにした。
日本でもそうだが、私が教えている道場でもやるべきことはやっている。合気の体はできているし、基本の技も身につけている。相手を投げたり、受けを取ることは問題ない。しかしそこで頭打ちになっているようで先に進めないでいるように見える。どうすれば先に進めるのか、上達できるのかみんなが試行錯誤しているように思える。

その解消法は一つしかないと考える。それは“気“の次元の稽古に入る事である。大先生の教えを見ればそれは明白である。『合気神髄』『武産合気』にはそれが書いてある。また、私自身も気の次元に入った事で己の合気道が変わったからである。
しかし“気”は目に見えないので会得することは容易ではない。これまでは目に見えるモノでの稽古であったので、異質の稽古をしなければならないからである。
それで今回は、何としても“気”を教えてあげたいと思ったわけである。いつものように、自分の得意な技を見せて、それをやってもらうのは簡単だが今度は違う。生徒のみんなも緊張するだろうし、教えるこちら側も緊張する。

まず、見えない“気”をどのように分かって貰えるかかである。それは感じ・感触であると考えた。気は目に見えないが、目にも見える働きがある。一つは、凝結であり、もう一つは引力である。この凝結力と引力が働けばそこには“気”の働きがあり、“気”があることになるわけである。
しかし、普通の稽古で凝結力と引力で技をつかっている人はほとんどいないように見えけるので、気の技を味わうのは難しく、気に接することも難しいはずである。
大先生の時代は、大先生が気で技をつかっておられたわけだから、大先生の受けを取れば“気”の感じをつかめたはずである。だから、大先生の高弟は気を身につけ、気で技が使えたと考えている。
今は大先生も居られないので他の方法で気を感じ、産まなければならない事になる。過って、先代の吉祥丸道主が坐技呼吸法で受けに相手の手をちょっと引いてやるようにと教えておられたが、それが受けの相手を突っ張らせ、引っ付ける稽古であったことが、今になって分かった。つまり、相手を引いて相手に引かせ載ってやるわけである。これで体の凝結と引力が体験でき、気を感じる事になるわけである。慣れてくれば、相手にお世話にならなくとも息陰陽水火で相手が引くように仕向ける事ができるようになる。大先生の言葉をお借りすれば、相手に引くように仕向けるということである。
相手を凝結し、引っ付けるに相応しい技を示し生徒にやってもらった。その技は、片手取り呼吸法、正面打ち一教、半身半立ち片手取り四方投げ、後両肩取り呼吸法(写真)、後ろ両手取り呼吸法等である。

この“気”の講習会で気の前に教えなければならない事がある。それが分からなければ“気”が使えないという事なのである。それは“息”づかいである。それ故、気の前の時間に“息”づかいの稽古をした。稽古の内容は次のようになるが、1時間30分を懸けた。
息づかいには、一般の呼吸(口、鼻、腹、胸)、イクムスビ、布斗麻邇御霊、布斗麻邇御霊から割れ別れた水火があることと、そのつかい方を稽古した。
合気道の技は、体で掛けるが、まず体自らで掛け、次に息の働きで体を使い、その次に気の働きで体を使い、そして魂の働きで体を使うとなる。これからも分かるように、体が体を使うを脱却し、気で体を使うようにするためには、息で体をするようにしなければならないわけである。それが出来ないと気に進めないという事である。故に、息の研究をしたわけである。

息づかいも奥が深いことが分かっただろう。息は口と鼻だけでなく、腹中、胸中でもすること、また、その単独ではなく、複合的に協力し合っていることが分かったはずである。
また、イクムスビの息づかいも大事である。イーと息を吐き、クーで息を引き、ムーで息を吐く息づかいである。横と縦のイクムスビの息づかいがあり、各々の縦横の縦―横―縦の十字から気が産まれるので、気にとっても大事な息づかいである。

更に大事な息づかいも勉強した。布斗麻邇御霊の水火の息づかいである。

これで合気道の基本技は納めなければならないのである。この御霊のひとつでも手を抜いたり、不完全であれば技も不完全、所謂、ヒルコになってしまうのである。布斗麻邇御霊は前年の講習会で教えて置いたので、みんなよく分かってくれたようだ。
しかし、今回はこの布斗麻邇御霊の続きの息づかいを紹介した。
布斗麻邇御霊から割れ別れた水火
ヽ、━、|、十、ノ、ヽ、二、フ、○、□等である。この形の動きに対しても息づかい(息を吐く、息を吸う、息を吸って吐く等)の法則があるということである。

最後に、気を身につける為にやった稽古がある。相手を凝結させ、引っ付けるために、つまり気を出すためには、己自身が凝結しなければならないのである。己がふにゃふにゃの状態では気が出ないし、相手の凝結もないのである。
己を凝結するためには、体の芯を鍛えなければならない。骨と肉である。準備運動や柔軟運動でも骨や肉が凝結するように鍛えなければならない。骨を凝結した技が剛の技、肉を凝結した技が柔の技となると考える。そしてこの肉の上の流・気が気の技となるだろう。

今回の講習会で“気“に関して、知っていることは全部教えたし、できることはやって見せた。後は生徒たちの努力次第である。その内に気が分かり、気の技が使えるようになるはずである。何せ、合気道は科学であるからである。やるべきことをやれば同じ結果が出るからである。
次は、魂を身につけ、それを生徒たちに伝えなければならなくなるだろう。
これからは、己だけの修業ではなく、後進達のための修行にならなければならないと考えるようにかわってきたようだ。