【第1001回】 高齢者のための合気道が主流に

1000回の目標を達成したので次に進む事になるが、どの方向に向かうのか、これまでとどう違うようにすればいいのかを考えた。これまでの延長上で合気道を精進し論文を書いていくのも一つのやり方だが、折角、1000回の区切りをつけたわけだから、それまでと違うものにしたいと思う。
これまでは四つの論文の中で、この『高齢者のための合気道』は合気道の上達に直接に関係がなく、間接的なモノであったと思う。合気道とは直接関係のない偉人や達人の話や、絵画や書道の話しなどについて書いてきた。論文を読んでいる知人や友人達からもその指摘はあった。最大の原因はまだ十分に高齢者になっていなかったことだと考える。それ故、『高齢者のための合気道』には合わないものも書いたが、自分としてはあのように書くしかなかったということなのである。しかし結果として『高齢者のための合気道』に繋がる事になったと考えている。

1001回から本格的な『高齢者のための合気道』を書こうと思っている。これには二つの意味がある。一つは、高齢者になっても出来る合気道ということである。もう一つは、高齢になればなるほど上達する合気道ということである。これをもう少し詳しく説明する。
一つ目の「高齢者になっても出来る合気道」とは、70才、80才になっても合気道の稽古が続けられるようにすることである。合気道は少なくとも80才まで続けないと会得出来ないと考えるからである。60才、70才で止めてしまえば不完全燃焼で終わってしまい、後悔することになる。

それでは高齢者になって合気道を続けるためにはどうすればいいのかということになる。それは1000回まで書いてきた四つの論文にある。
まずは、宇宙の営みを形にした合気の技を身につけて行く事である。次に天地の息に合わせて体と技をつかっていくことである。
高齢者になっても合気道を続けていく事はそう難しい事ではないだろう。しかし、続けるだけでは面白くないはいはずである。何故かというと、武道を修業しているものは年と共に己の腕が上達したいと願っているからである。それは年をどんなに取っても上達し得るという事である。年はどんどん取り、体はいう事を聞かなくなり、技も効かなくなるわけだが、それでも上達、つまり上手く、強くならなければならないということである。

これを1001回以降の『高齢者のための合気道』のテーマにしたいと考えている。つまり、1000回までのこれまでは、『合気道の思想と技』『合気道の体をつくる』『合気道上達の秘訣』がこの論文の立役者であったが、これからの立役者は『高齢者のための合気道』となるだろう。
そのためには、魂や霊、神様のお力をお借りしたり、また、己の体力、気力の維持・発展と魄のこれまで以上の鍛練も必要になるだろう。
年を取れば取るほどいい技が出るようにしたものである。真の合気道の技は神技である。これを目指すことにする。