ついに目指していた1000回を迎えた。この論文書き始めてから約20年になる。
さて、1000回を達成したわけだが、これでどうするかである。1000回達成を目指していた時は、1000回になったらこの論文を終了したいと思っていたし、このような挑戦はもうしたくないし出来ないだろうと思っていた。しかし1000回達成が近づくとその考えは少しずつ変わってきた。1000回以降も引き続き書き続けるべきだと思うようになったのである。更なる挑戦である。
さて書き続けるその理由である。1000回で目標の回数には到達しても、己の合気道のレベルは求めていたレベルに達成していないことである。目標にしていたのは、大先生や有川先生であったが足下にも及ばない。稽古や技の次元も顕界・現界から抜け出し、ようやく幽界に入ったようだが神界には程遠い。気がようやく分かりかけつかえるようになってきたが、まだ魂には届いていないのである。
理想の技は神業である。神の教え(法則)に則ったようにつかえるよう、神と共に技を出すようにしているが、大先生のような神になって神技をつかえるようになるにはまだ時間が掛かりそうだ。
故に、更なる精進が必要なのである。更なる精進のためにはこれまでやってきたように、毎朝の禊をし、道場での相対稽古をし、そして毎週論文を書くのが最良の方法であると考えたのである。
道場での相対稽古がいつまで出来るのか、受けがいつまで取れるのか分からないが、出来るまで続けるつもりであるし、論文を書くつもりである。高齢化との戦いということにもなる。
体や頭が老化することは間違いない。いずれお迎えが来て相対での稽古も出来なくなり、禊も出来なくなり、論文も書けなくなる。しかし有難いことにそれが何時なのか、どうなるのかが分からない。だから、そんな事を心配してもしょうがない。少しでも上達するように、やるべき事、やりたい事をやりたいようにやっていけばいいだろう。
実は、1000回に近づいてきて上達の仕方が変わってきている事に気づき、驚き、感謝しているのである。何ものかが上達を助け、導いてくれているようなのである。以前なら自分でも信じなかったから他人にも信じられないだろうが、私自身は信じるようになったし、信じざる得なくなったのである。上達に今私に欠けている事や次の上達に必要な事を教えてくれるのである。その教えは的を得ているから、それをやれば上達する。自分の頭では到底考え出せない事なのである。それがタイミングよく出されるのである。
因みに今朝の禊での教えは剛柔流の三元であった。体と技を剛と柔と流でつかえなければならないということである。特に、剛、つまり骨、関節で体と技をつかうことである。剛が使えると柔、流が使えるようになり、そして気が使えるようになるのである。また、剣も剛柔流で振るといい、振れなければならないということも分かったのである。
合気道の修業、上達には終わりがないという事なのである。1000回の終わりが、更なる始まりとなるわけである。これまでのように、この論文が、きっかり毎週出せるかは分からないし自信がないが書き続けるつもりである。新たな挑戦の始まりである。しかしこれからは何ものかのサポートがあるようなので多分大丈夫だろう。