【第96回】 殻を出る

人間の性向の一つは、少しでも楽をしようということだろう。歳をとるとそれがさらに凝縮してきて、定年で仕事をしなくなると、なるべく現状のなかで静かに過ごしたいと思うようになり、自分の殻に閉じこもりがちになっていく。そして、肉体的にも精神的にも老いていくのである。

老いていくのはしょうがない。60〜100兆ある細胞が毎日約20%死んでいくし、120億ほどあった脳細胞も、20歳前後から毎日10〜20万個消失しているという。ひとは生まれたときから、老いに向かって進むのである。

しかし、ただ殻に閉じこもっていては、折角の人生がもったいないだろう。世の中には面白いことが沢山あるし、まだまだ知らないことも多い。そういうものや人に出会えば、感動することができ、更なる生きる張り合いになるはずだ。

合気道の稽古でも、自分の殻にとじこもっていたのでは、上達はないし、自分も変わらない。自分が変わらなければ、稽古からも感動は得られない。稽古での最大の感動は「自分が変わっていく」ことである。

殻を破るためには、自分に挑戦をしなければならない。挑戦するためには少し緊張しなければならない。緊張を恐れず、厭わないことが必要である。合気道での挑戦とは、例えば、今まで稽古をしてきたことを土台にして、新しい考え方や、思想や「わざ」に挑戦するのである。今までの考え方ややり方を横において置いて、やってみるのである。新しいことをやる場合は、一時腕が落ちるものだが、それに負けずに、自分を信じて挑戦しなければならない。そうすれば新しい発見があり、いままで出来なかったことができるようになり、自分をひとつ脱皮できるのである。その脱皮が、感動につながる。

ひとは感動があるうちは、少なくとも精神的には老いてはいないといえるだろう。高齢者が生きていく上で大切なのは、如何に感動を持ち続けていくかということではないか。合気道の稽古での発見だけでなく、自然の素晴らしさ、宇宙の神秘、自分の体の不思議等々に触れれば、感動を得ることができるだろうし、今日感動を得れば、また明日の感動が楽しみになり、来年、5年後、10年後の殻から抜け出た自分が楽しみになるだろう。

若者は、殻が取れていく高齢者を見て、生きるエネルギーを得るだろう。若者もいずれは歳をとっていくが、自分が歳をとった将来の姿を高齢者に見ているのだから、高齢者はその範を示しているわけである。高齢者が元気がなく、生き生きと楽しんで生きていなければ、若者は無意識のうちに、歳を取ることに希望が持てず、生きる楽しみも、目標も、エネルギーも無くしてしまうことになろう。

高齢者は若者に元気を与えるべく、殻に閉じこもらないで、脱皮し、感動を追い求めていかなければならない。若者に感動を与える「挑戦し続ける高齢者」でありたいものだ。