【第619回】 一瞬一瞬を楽しむ

75才の後期高齢になるとモノの見方、考え方、そして生き方が変わってくる。肉体的な衰え、精神的な弱化、それと社会的な関係の変化などから変わってくるのだと思う。
若い頃と一番違うと感じるのは、いずれ近い内にお迎えが必ず来ると確信することである。若い頃は、自分は永遠に生き続けるとまではいかなくとも、死ぬなどという事は心配しなかったものである。

お迎えは近いわけであるから、それを前提に生きることになる。いつお迎えが来てもいいように、準備をしなければならないということになる。最後のその時、いい人生だったと思い、そしてやるべき事はやるだけやったと思いたいのである。

お蔭様で、私にはやるべき事があり、それをやらせてもらっている。有難いことに、そのやるべき事をやるための必要条件、衣食住と健康にも恵まれている。だから、やるべき事(これを合気道では使命という)をやらなければならないと思うのである。言葉を変えて言えば、食べることも、着ることも、寝起きすることも、己の使命のためということになってくる。だから、食欲がないから食べたくないなど贅沢はいっていられない。使命のために頑張って食べなければならない。三食、使命が果たせるように食べなければならない。

しかし、どうせ食べるなら、少しでもおいしく、楽しくたべる方がいい。じっくり味わうのもいいし、たまには豪華な食事もいいし、友人・知人との食事もいいだろう。大事な事は、一日3食の食事を大事にし、それを出来るだけ楽しむことである。

食べることは大事だが、食べる事だけを楽しむのではなく、一瞬一瞬を楽しむことが出来たらば素晴らしい。楽しむとは、感動すること、喜ぶこと、満足する事、驚くこと等ポジティブな楽しみと、自分のふがいなさに失望する、己の無能さや限界に気づいたり、運の悪さに失望するなどのネガティブな楽しみがあると考える。

どんな瞬間でも楽しむことができれば、密度の濃い人生になるはずである。
また、今日、楽しめれば、明日も、来年も、そして10年後も楽しめるし、楽しいことがどんどん堆積することになり、少しでも長生きしたいと思うようになるはずである。逆に今の一瞬が楽しめなければ、明日も楽しめないから、生きる意欲が弱化することになる。
高齢者になったら、まずは、一瞬一瞬を楽しむことであろう。