【第373回】 心を豊かに

植芝盛平翁は合気道をつくられたが、これは人類に残されたすばらしい人類の遺産である。我々後進はこの合気道をさらにすばらしいものにし、人類に役立ててもらい、そして、継承していかなければならないと考える。

合気道のすばらしさには、いろいろあるが、その内で、他の武道や他のものと比べて、異なると思われることがある。

まずは、健康法、宇宙の法則・条理を形にした技を身につけることである。しかし、そういう個人的な小から、さらに宇宙との一体化という壮大な稽古目標まである。

次に、合気道の稽古は、宇宙楽園、地上天国建設のための生成化育のお手伝いということであり、すなわち、宇宙のために稽古をしているということがある。

さらに、人はもちろん万有万物に対する愛の教えの稽古であること、がある。万有万物は分身分業によって協力し合い、世の中をよくしていかなければならないが、それには愛がなければならないという。愛とは、先方の立場で考え、行うことであると考える。

合気道の技の稽古で、愛の稽古をすることによって、愛が身についていけば、それを社会、万有万物に提供していけばよい。それが普及すれば、世の中はよくなっていくはずであるし、そうならなければならない、と開祖は考えておられたはずである。

また、現在はまだ魄の世界、物質文明、力の社会であるが、そろそろこの魄、物質文明、力の社会を、魂の世界、こころの世界へと変えていかなければならない。これまでは、お金や力が表になって世界を牛耳っていたのを、豊かなこころの世界がそれを覆って、それが表になることである。

モノやお金があっても、それ以上の豊かなこころ、愛のこころでつつんでしまうのである。人をモノやお金や力で評価したり、それを最終目標とするのではなく、価値基準をこころに置くことである。豊かなこころを持つ人が、評価される社会である。

最近、新聞やテレビを見ていると、これまでにないキーワードが目に付く。それは、合気道でいう縦と横の十字の考え方である。例えば、モノ(縦)も大事だがこころ(横)も豊かでなければならない、等ということである。また、モノなど見えるもの(縦)だけでなく、見えないモノ(横)も大事にしなければならない、等である。

合気道は、魂を魄の表に出す思想と実践でもある。これを稽古で実践し、身につけ、そして、社会に還元していかなければならない。社会も物質文明には疑問を感じ始めているようなので、そろそろ合気道の出番の準備をすべきだろう。

そのためには、魄の稽古を魂の稽古に変えなければならない。合気道は、言ったことや考えたことは、技に表わせなければならない、言行一致でなければならないのである。

開祖もそれをお待ちだろうから、われわれ高齢者はとりわけ頑張らなければならない、と思っている。