【第170回】 水分補給

昔はスポーツの練習中は水を飲むなと言われていたので、それを守っていたものである。合気道の稽古でも、稽古中は勿論のこと、稽古の前後もあまり飲まないようにしていた。特に、一時は桜沢式自然食養に凝っていたので、その教えに従って、水分はほとんど取らずに稽古をしていた。今考えると、脱水状態で稽古をしていたようなものだから、冷汗ものである。

最近は、本部道場でも稽古の前後は勿論、稽古中にも水分を補給するように勧めている。時代が変わり、人が変わり、武道に対する考えかたや対処の仕方が変わったので、仕方がない。

どうせ飲むなら、ただ飲むのではなく、理に適った水分補給をしたいものだ。特に若いうちは、水分が多少不足しても相当我慢できるだろうが、中高年や高齢になると、無理ができなくなってくる。年を取ってきたら、水分補給の研究と自分に合った補給の仕方をする必要があろう。

人の体の60〜70%は水分であるという。人間の起源となる生物は海から発生し、また人は胎児の時期は母親のお腹の中の羊水にいたなど、人は水とは深い関係がある。

運動をすると熱が出て、その熱を冷やそうと汗がでる。汗で水分が3%失われると運動能力は30%低下するといわれる。しかし、稽古中にのどの渇きを覚えたときは、既に5%の水分が体内から抜けているということなので、のどの渇きを覚えたときに水分補給をしても、遅すぎることになる。従って、稽古中に水分補給をするタイミングは、のどの渇きがひどくなる前にとらなければならないことになる。

もちろん武道家としてもっとよいのは、のどが渇かないように体をつくり、遣うことである。心臓や肺を丈夫にし、無駄な動きをしない、口で呼吸をしない、体の動きと呼吸を合わせ、呼吸に合わせて体を動かすなどを注意して、稽古をすることである。

開祖は真夏でも、ラクダの上下の厚めの下着を着物や稽古着の下につけて、技を示されたり稽古をつけて下さったが、汗ひとつかかれていなかった。汗をかかれないというのである。たまたまある時、一度だけだが、汗が少し出たといって、神様にお礼のお祈りを捧げられたのを、我々は汗だくのまま正座して見ていたものである。修行をすれば、汗はでなくなるということの教えであろう。確かに師範や古い先輩はあまり汗をかかれないようであるし、汗をかいているうちはまだまだということであろう。

運動の前後の水分補給については、いろいろな情報があるので、自分に合ったものを見つけ、実行すればよいだろう。ただ注意しなければならないことは、物事には裏表があり、絶対によいものなどはないということを知っておくことである。ある人にはよくても、自分には合わないかも知れない。

一時凝った前述の桜沢式食養法では、水分は食べのもの中に十分含まれているし、玄米や食物を噛めば、別に水分の補給は必要ないとのことで、水は飲むなということだった。しかし、西式健康法では体をきれいにするために、朝、水を一升(1800ml)飲めと、全く正反対のことを言っていた。もちろん、どちらも正しいのである。桜沢式が合っている人には桜沢式が正しいし、西式が合っている人には西式が正しいのである。ただ、桜沢式が合っている人が西式をやったり、西式に合っている人が桜沢式をやれば、体をこわすことになるのではないか。

だから、これが絶対的な水分補給法であるとか、何を飲まなければいけないなどということはないと考える。自分、自分の責任において、水分補給を考えればよいであろう。

私の場合は、稽古が終ったあとスポーツドリンクを一本(520ml)を30分ぐらいかけて飲むと、疲れを感じたり、眠気に襲われず、翌日もすっきり目覚めて、前日の疲れが残らないようである。以前は稽古の後、お茶や水の350mlのボトルを飲んでいたが、スポーツドリンクの方がよいようだし、量も520mlは必要なようである。

稽古疲れを残さないために、水分を補給することは重要であるが、もう一つ重要なことがある。それは稽古が終ったら、十分にストレッチ運動をして、体を伸ばすことである。息を入れながらゆっくりと伸ばすのである。ストレッチと水分補給を上手くやれば、暑い夏の疲れがだいぶ違うだろう。