【第645回】  悪い想いを消す

この3項では、「合気道上達の秘訣」をテーマに書いているが、これまでは文字通り、合気道そのものの上達するための秘訣を書いてきた。合気道で錬磨する技が上達するためには、何をどのようにすればいいのかということである。

しかしながら、合気道の上達を目指すのは技だけではない。上手な技をつかうためには、体も上達しなければならないが、これも技に属すると考える。
技も体も上達すると格好がついてくるし、外からそれが直接見える。
しかしこれは技のように目指すものではなく、上達の結果に身に着くものであると考える。

というのは、私自身の半世紀に亘る稽古でようやく気が付いたことであるが、技がある程度つかえるようになり、合気道と云うものが少し解ってきて、やっと気が付いたのである。
それは心、気持ち、精神、感覚等がかわっていくことである。悪いことはやりたくなくなるし、いいものには素直に感動するようになる。例えば、子供や幼児の自然な振る舞や人が一生懸命に働いている姿などに感動し、時に涙する。また、悪い事には敏感に反応し、他人に注意するようになる。

また、最近は、虫を殺すことはできなくなった。ゴキブリでも蚊でも殺すことはできなくなった。血を吸っている蚊を無意識のうちに叩いたり、掻いたりして殺してしまうことはあるが、申し訳ないことをしたと蚊におわびする。部屋に飛び込んでくる蝉やカナブンや蛾でも、外に逃がしてやる。
コンクリートのマンションの通路やアスファルトの道路に、蝉やカナブンなどが死んで転がっていれば、土のあるところに移してやる。土の上にあれば、土に帰るか、蟻等に食べて貰い、死んでも宇宙生成化育のお手伝いができるためである。コンクリートやアスファルトの上では、ただのゴミであり、宇宙のお役には立てないでかわいそうと思うからである。

蚊を殺さないと書いたが、これに関して有川定輝先生の思い出がある。有川先生は、ご自身も言われていたように、特殊な体質をされておられ、蚊に刺されることはほとんどなかったようだが、或る時食事をご一緒させて頂いている折り、一匹の蚊が先生の腕にとまったのを見た。先生も気がつかれたので、叩き潰すかなと思って見ていると、先生は腕を振ってその蚊を殺さずに逃がしてしまわれたのである。
普段の稽古で、当身を頻繁にバチバチ入れられたり、厳しく技を決められておられた先生とは、全然、結びつかないので不思議に思った記憶があるが、これで、今やっとそれが分かったのである。合気を修すると、生き物を殺すなどの悪い事が出来なくなるのである。

大先生は、「合気を修したならば、悪いことをしようと思っても悪いことは出来ない。というより悪い想念が消えてしまう。欲望がなくなるのである。只修業しようとする大欲はなければならないけれど、すべて天の使命を想い(宇宙の完成)、悪い執着も去って忘れてしまう。それは私の体験で明らかである。」(『武産合気』P.86)と言われているのである。

生き物をいじめたり、殺したりする悪い想念がある内は、まだまだ合気を十分に修したことにも、十分に上達に達したとは言えない事になる。
悪い想念が消え、上達するよう修業しなければならないということである。