【第401回】 技と技の形、技を生みだす仕組みの要素

合気道には形がない、といわれている。そのせいか、一教や四方投げなどの技の形稽古でも、相手を投げればよいとばかりに、自由気ままにやっている稽古人が多いように思える。自由気ままに動くということは、自分がやりやすいよう、好きなように動くことになってしまうもので、そのような技は一般にはあまり効かないものである。

合気道には形がないということは、合気道の技にも形はない、ということになりかねない。しかし、合気道の技を身につけるためには、形が必要であると考える。

技の形稽古で、相手に効く技をかけようとする場合には、技を生みだす仕組みの要素でやらなければならない。技を生みだす仕組みの要素としては、体と息を十字につかう、左右上下陰陽につかう、円の巡り合わせでつかう、等があると考える。

例えば、がっちり持たせた手をつかう際は、手は縦、横、縦と十字に使わなければならないし、足も左右交互に規則的に、陰陽で使わなければならない。また、四方投げなどでは、自分と相手の共通の円から、相手を自分の円に入れ、相手を相手の円の外、そして、自分の円の中に納めなければならない。

このためには、手は体の中心線上にあって、腰腹と結び、腰腹で手を使うようにしなければならない。また、足は撞木の三角法で歩を進め、息は生産びで十字に使わなければならない。

以前のことだが、有川先生はわれわれ稽古人達に、前に出す手先が中心線より1センチでもずれていると、技は効かなくなる、といわれていた。撞木の足運びでも、前足の踵が後ろ足の中間と結ぶようにしなければならないなど、技を生みだす仕組みの要素のためには、きめられた形があることになる。

技の練磨のための技の形稽古は、この技を生みだす仕組みの要素をつかわなければならない。だから、繰り返し繰り返しやる技の形稽古にも、形があることになる。

「思想と技」の「第309回 合気道の技とは」に、技は宇宙の営みである一霊四魂三元八力を身につけていくのが合気道の技の練磨であるから、合気道の技には形がないと書いた。

合気道の技には形がないが、しかし、技を生みだす仕組みの要素、技の形には形があるし、なければならないことになるだろう。