第334回で、「習いごとにはやるべき事とやる順序がある」を書いた。それには、やるべきことをやらなければならないし、やるべきことをやって、相手をくっつけてしまう引力が身についたら、今度は「諸手取り呼吸法」で本格的な呼吸力養成のために稽古し、体と力(呼吸力)をさらに磨いていかなければならない、と書いた。
そこにも書いたことだが、「諸手取り呼吸法」は非常に大事な稽古法である。技はこれができる程度にしかつかえない、といわれているくらいだから、「諸手取り呼吸法」はしっかり稽古しなければならない。開祖がご健在だった頃は、どの先生もはじめにこの「諸手取り呼吸法」から稽古をはじめたと記憶している。つまり、それだけ大事だということである。
初心者のうちは、「諸手取り呼吸法」の重要さ、呼吸法と「入身投げや」「四方投げ」等などの技との違いが分からないので、呼吸法でも相手を倒すことに専念してしまう。私などは当時、相手に体当たりして、相手を弾き倒して喜んでいたものだ。
私の場合は、有難いことに、ある時、相手を弾き倒して喜んで稽古をしているところへ有川定輝師範が来られて、そのような稽古をしていると呼吸力がつかないぞ、とたしなめて下さったのである。その瞬間は、有川師範ご自身もかつてはそのような稽古をされていたのに、と思ったものだ。だが、その言葉の意味を数日じっくり考えてみると、有川師範の言われたことが分かってきた。そのうちに、呼吸法とは何か、どのようにすればよいのか、が分かるようになってきたのである。
初心者と「諸手取り呼吸法」をやっていると、かつては自分もこのようにやっていたのか、これでは相手は倒れてくれないのも当然だ、と思ってしまう。「諸手取り呼吸法」は、捕りは片方の手だけで受けの諸手を操作しなければならないから、よほどの怪力の持ち主でないかぎり、腕だけを振り回しても相手は動いてくれない。これには、やるべきことをやらなければならない。
「諸手取り呼吸法」でやるべきことを、いくつか書いてみる。もちろん宇宙の営みを形にしたものをやるわけだから、やるべきことは無限にあるはずだが、すべてを見つけ出して身につけることなど、誰にも不可能なはずであるし、あまりにも多くて、細かく書くと分かりにくくなるので、最小限を書くことにする。しかし、最小限でも、これはやるべきことなので、やらなければ「諸手取り呼吸法」はうまく行かないはずである。