【第313回】 ボトムアップの稽古

合気道には試合もないし、相手に打ち勝つため、他人を追い越すために稽古をしているのではない。ただ黙々と自分と戦い続け、精進していくだけである。

スポーツや試合のある武道は、勝った負けたと自分の精進が分かりやすいが、合気道にははっきりした目安はないので、自分がどれだけ進歩・上達したのか、しないのか、なかなか分からないものである。

合気道で、自分に上達があるのか、どのぐらい変わったのかを知るのは、自分自身でしかないようだ。信頼できる師範や先輩がいれば、指摘してもらうこともできるだろうが、最後は自分ひとりとなるから、結局は自分となるわけである。

合気道は相対でいろいろな人と稽古するので、自分の長所・短所、得意技や不得意技などがわかってくる。

稽古の目標の一つは、得意技を増やしていくことだろう。得意技とは、どんな相手にも通用する技である。新しい技、または技を生み出す仕組みの要素一つを会得すれば、それは他のすべての技の形に応用できるので、大きい進歩といえよう。これは、得意技で得やすいものである。

これは一つの上達法であり、この稽古法はトップアップの稽古法といえるだろう。

人には誰でも苦手な技、余りやりたくない動き、避けている稽古などがある。しかし、これは武道としてはあってはならないことである。なぜなら、もし敵が襲ってくるとしたら、その苦手なところ、できないところを攻めてくるはずだからである。もちろん現在ではそのように襲ってくる敵はいないだろうが、武道である以上、弱いところをつくらないよう、隙のないように、稽古していかなければならない。つまり、仮想の敵と稽古するのである。そういう意識を持たないで稽古すると、武道ではなくなってしまうだろう。

得意技や普通の技のレベルに比べて、レベルが低い技は自分でわかるはずだから、それをレベルアップしなければならない。これは、いわゆるボトムアップである。ボトムアップすることによって、自分の技をトータルにレベルアップできる。

ボトムアップには、もうひとつ必要であろう。それは、それまでうまくできていたと思っていた技や動きを、基本の原点にもどしてやることである。

例えば、二教裏は長年やっていれば要領がよくなり、ちょっと触れただけでもきまってしまうものだが、基本の基本でやってみると、なかなか効かないものである。これを基本の形を崩さずに、手抜きをせず、相手の結びを切らずに、きめるのである。これは、そう容易ではない。足と手が左右交互に規則正しく動かなければならないし、息のつかい方、重心の移動、腹と顔の反転々々など、どのひとつでも法則に則らないとできないものである。

それまで気にも留めずにやっていて、できた気になっていたことが、できていなかったことに気づくと同時に、その会得の難しさを認識することになる。これが進歩・上達ということである。

さらなる進歩・上達をするためには、初心にかえって、入門当時やっていたように何度も何度も、ごまかさず、正確に繰り返し稽古して、会得することである。