【第144回】 自宅稽古

だれでも勤めながら合気道の道場に通うのは、大変である。最近では、仕事を定時に終わらせたり、同僚を尻目に抜け出すのは、ますます難しくなっているのではないかと思われる。勤めをもった人なら、稽古に通えるのもよくて週3日で、通常は1日か2日というところであろう。

こういう状況では、仕事で頭は緊張して疲れるのに、体はあまり使わないので、頭と体のバランスも崩れて不健康になる。運動不足とストレスから、体は硬くなる。週に1、2回の稽古に来ても、まず本能的にストレスを解消すべく、体に溜まっているエネルギーを発散させようとパワーの稽古をすることになる。体がほぐれてくるのは稽古の終わりごろになってからとなるので、本格的な稽古は出来難いだろう。

週に1、2回しか通えなくとも、その時間によい稽古をしようと思うなら、毎日、少しでも自宅で稽古をすることであり、常に体を稽古の出来る合気モードの状態にすることである。さらに、稽古の考え方を変えることである。つまり、道場は体を動かしたり、技を習うところではなく、自分の考えたことや自宅での稽古の成果を試すところであると考えるのである。自宅の稽古とは、体を柔軟にすること、鍛錬すること、技を探求すること、などということになろう。そうすれば、自宅の稽古で体は柔軟になるし、腕や足腰を鍛えることも出来るので、毎日、道場に通えなくてもよいことになるだろう。また、書籍や資料は道場に持っていけないから、自宅で研究するしかない。

自宅稽古で大事なことは、毎日続けることである。そのためには毎日続けることが出来る無理のないメニューでやることである。続くためには、自分の体が望み、納得するような、意味のある内容をやらなければならない。さらに、自宅の限られた空間や近所で手軽にできるもので、スペースをあまり取らないメニューでなければならない。また、旅行に行った先でもできるものがよい。

時間はあまり取れないだろうから、毎日できる範囲の時間で出来るメニューを、毎日出来る回数やるようにすればいい。次第に時間を長くしたり、回数を増やすことができるようになれば、そうすればいいが、初めはやり易い範囲でやった方がよいだろう。

自宅稽古の内容は、人によって違ってよいが、共通の稽古があるだろう。それは、稽古が満足に出来なければ機能が低下する部位を鍛えることである。大雑把に言えば、上肢と下肢である。上肢を鍛えるには、木刀の素振りがいい。時間のない場合は、軽いのを長時間、数多く振るのは難しいだろうから、重いものを短時間で振るのがいいだろう。多少重い鍛錬棒を肩を貫いて振れば、上肢(手、腕、上腕、肩甲骨)は鍛えられる。

下肢は、四股を踏むのがよい。四股は場所を取らないので、どこでもできる。旅行にいっても、ホテルの部屋でもできる。四股を踏むと、合気道にも関係するいろいろなことが身につく。股関節の移動、内転筋の重要性、息遣いの重要性、体の十字、体のバランス感覚などなどである。

自宅稽古で出来る大事なものに、ストレッチがある。上肢の7つの関節と、下肢の各関節と、股関節を伸ばすのがよい。硬くても、相手があるわけではないから、焦らずに、息を入れながら(初めは吸うとよい)少しずつ伸ばしていけばよい。今硬くて伸びなくてもその内に伸びればよいし、昨日より、または去年より少しでも伸びればよい。ストレッチで体の部位が柔軟になる頃には、息の遣い方を覚えたことにもなる。この稽古は、時間のない道場では難しいものだ。

自宅稽古で毎日、同じことを繰り返していると、いろいろな発見があるものだ。この新しい発見を続けていくことが大切である。道場ではなかなか難しい。何故ならば、道場ではどうしても相対稽古の相手を対象にして稽古をしてしまいがちになるからで、自宅の稽古の対象は自分しかないからである。

この自宅稽古から得たことを道場で、相対稽古の相手や、自主稽古で仲間と試してみるのである。自分と真剣に向き合えるのは自宅での一人稽古にあるようだ。