【第122回】 夏の暑さを楽しむ

夏は暑いものだ。冷房の効いた会社で長時間仕事をした後で、灼熱の太陽に焼けたアスファルトの道路に出て、汗をかきかき道場に行く。着替えるとき下着は汗でぐっしょりだ。確かに夏は暑い。

しかし、夏は暑いのが当然である。夏、涼しければ過ごし易いかもしれないが、自然ではない。昔は、涼しい夏を冷夏といって、主食の米が取れず、冷害といって恐れられた。エアコンなどの冷房装置が無かった時代でも、米のためにも夏は暑くなければならなかった。今でも商売は、夏は暑く、冬は寒くないと駄目だといわれている。

夏の暑い日には、会社やお店の人たちとの挨拶で、「暑いですね」と言う。だが、修行の場である道場でも「暑いですね」というのは、あまり感心しない。特に、一般的な挨拶としてではなく、本当にその暑さが恨めしいと思って言っている人は気の毒に思う。こういう人は、夏の暑さに「暑い」といい、早く涼しくならないかと思っているし、また寒い冬になれば、「寒い々々」と寒さを嫌がる。つまり、いつも不満なのである。恐らく暑さ寒さだけでなく、その他もろもろのことでも、今に満足していないのだろう。常に「隣の芝生は美しい」と思っているのだ。

稽古は寒いときも、暑いときもやるが、夏は暑さを楽しみながら稽古ができればよい。夏には道衣がぐっしょりするほど汗をかくが、これは他の季節ではなかなか出来ないことである。稽古の後のビールも暑い夏ほど美味いことはないし、暑い夏の稽古は、他の涼しい季節のときの稽古より体によいというメリットもある。

人体は涼しい季節や寒い季節には血脈の循環があまり活発ではなく、血脈は滞りがちであるが、夏になると水分を蒸発させて、外気との調節を保持し、血脈の循環を正常にするということである。夏は日常生活でも汗をかくが、稽古でも沢山汗をかいて、体全体に血がめぐるようにすればいい。血液の循環が正常化すれば、これからの涼しくなる季節も含め、つぎの夏までの一年を元気で過ごせることになるだろう。これに反して、冷房の効いた部屋に閉じこもって汗をかかずにいれば、滞った血液の循環を正常化出来ず、折角の正常化のチャンスを逃すことになる。

しかし猛暑下での稽古は体力を消耗し、息が上がりがちなので、自分の体力と相談しながら、「わざ」に無駄と無理がないように効率的にやらなければならないことになる。「わざ」をじっくり稽古するには、夏がいいようである。

夏は暑いのだから、夏の暑いのを嫌がらず、楽しんだらよい。暑さが何時までも続くわけではなく、間もなく涼しくなり、暑さが恋しくなるものだ。冬になって暑さを恋しがらないよう、今の暑さを楽しむにしかずである。