【第89回】 筋肉

合気道は力が要らないとか、力を使わない武道であるなどと言う人もあるようだが、力の要らない、力を使わないような武道はない。力はあるに越したことはない。武道を精進するものは、常に力をつけるべく努めなければならない。

国や社会が豊かになり、生活が楽になると人は力を使わなくてもいいようになる。少し前までは交通機関も今のように発達していなかったし、水道などのインフラも整備されていなかったことから、日常生活では自分の体を使わなければならなかった。そのおかげで、毎日の生活をすることによって力がついたものだ。学校やどこかに遊びに行くのにもよく歩いたために、足腰が鍛えられたし、多くの家庭では、水は共同水道を使っていたので、毎朝、毎夕、バケツで水を運ばなければならなかった。薪割りや、餅つきもやらなくなってしまった。

以前は重労働と言われた建設や運搬の仕事でも、力仕事は機械が代わってやってくれるし、会社やお店の上階に行くにも、エレベーターやエスカレーターを使うようになった。農業でも林業でも機械化が進み、鍬や斧やノコギリなどを使う必要がなくなった。これからも時代が進めば進むほど体を使うことがどんどん少なくなり、ますます力はいらなくなるだろう。従って力をつけようとすれば、日常生活の外でつけるようにしなければならないことになる。

合気道を修行する上で、力は合気道の形とわざの稽古でつけていけばいいわけだが、力不足を感じたり、もっと力をつけたいと思えば、稽古時間以外にそのための稽古をするほかない。そして力の元は筋肉であるから、まずは筋肉を鍛えることになる。しかし筋肉は沢山あるわけだが、すべてを鍛えるのは不可能なので、必要なものを優先順位で鍛えざるを得ないだろう。要は合気道のために大事な筋肉と、自分個人として劣っているものを鍛えればいいわけだ。

人体には、大小含めて約600を越える筋肉が存在するという。筋肉を大別すると骨格筋(骨格を動かす筋肉)、平滑筋(筋節のない筋肉)、心筋(心臓を構成する筋肉)に分けられる。これらは、意識して動かすことができるかどうかという点で随意筋(骨格筋のみ)と不随意筋(心筋・平滑筋)に分けられる。骨格筋は、体幹筋(体幹に属する筋肉)と体肢筋(上肢、下肢に属する筋肉)に分けられる。そのうち体幹筋を体幹腹部の前体幹筋と体幹背部の後体幹筋に分ける。前体幹筋は頭部の筋・頸部の筋・胸部の筋・腹部の筋を含み、後体幹筋は背部の筋のみとなる。

合気道では主に体の表(背側)を使うので、大事な筋肉は体の表側(背側)にある。従って表の筋肉(後体幹筋)を鍛えるようにすればいいということになる。例えば、僧帽筋、広背筋、三角筋、上腕三頭筋、脊柱起立筋、大腿二頭筋、ひ腹筋及びひらめ筋(下腿三頭筋)などだろう。

筋肉はただ鍛えればいいということでもない。筋肉もりもりにしても、固い筋肉では合気には使えない。鍛えては「わざ」で試して見て、その鍛え方でいいのかを試行錯誤しながらやらなければならない。

いずれにしても筋肉をただ使うのは、筋肉に対して失礼だろう。一度ぐらいは使う筋肉にも意識を入れ、対話しながら、そして感謝して使ってみてもいいのではないか。