【第79回】 真人は踵(きびす、かかと)で息をする

合気道で相対稽古をしていると、初心者ほど息があがりやすい。運動をあまりやらなかったような人が稽古をはじめると、まず動きが分からないので緊張してしまい、そのため血圧が上がり、心臓がドキドキして息があがってしまうということもあろうし、心臓や肺が弱いせいもあるだろうが、呼吸の仕方が分からないために息があがりやすいのだろう。

一般には横隔膜を使った腹式呼吸がいいといわれるが、昔から「真人は踵で息をするが、普通の者は喉で息をする」(『荘子』内篇)といわれている。この真人というのは、武道家にもあてはまるだろう。武道での歩法は踵(かかと、きびす)であるといえる。そして武道の息の出し入れは上の呼吸横隔膜と下の骨盤底横隔膜を使う。特に、骨盤底横隔膜を使うのが重要である。

踵を使って歩くと、骨盤底横隔膜が上下し、腹は張ったままで空気が出入りする。踵を使うと呼吸骨盤底と骨盤底横隔膜につながっている大腰筋が働き、深層筋である大腰筋を鍛えることになる。武道で大切な股関節を柔軟に使うためには、この大腰筋が大事である。つま先で歩くと、この骨盤底横隔膜は動かないし、呼吸横隔膜も働きにくくなり、胸郭呼吸になってしまい勝ちである。短い距離とか、ゆっくり歩く分にはいいだろうが、武道の歩き方ではない。

踵で息ができるような体にするには、踵からの力が太腿から股関節、骨盤、骨盤底横隔膜と流れるようにしなければならない。この流れは体の表側(腰や背中側)であるので、表側の筋肉を柔軟にしなければならない。それには、太腿や股関節を開脚で息を入れながら倒すストレッチがいい。この開脚のストレッチの際注意しなければならないのは、無理に体を倒すのではなく、骨盤底横隔膜に息を入れることによって体が自然と倒れるようになることである。

次に、踵に体重の重力をかけて歩き、踵が着いたらその重力のエネルギーを骨盤底で感じるように意識し、着地に合わせて骨盤底横隔膜を収縮する。つまり踵で呼吸することである。従って、口で息を出し入れするのではなく、骨盤底横隔膜の収縮により息が出たり入ったりする。口は閉じ、鼻で息の出し入れをするようにする。腹は張ったままで、腹は前後には動かず、両横隔膜が上下するだけなので、息遣いは他人に悟られ難い。武道の呼吸法であろう。

また、四股を踏むと踵で呼吸する感覚が分かりやすい。踵に体重を真上からかけると骨盤底横隔膜に息が入り、股関節がゆるみ、足があがる。骨盤底横隔膜で呼吸をしないとバランスが崩れてしまう。踵での正しい息遣いで、体をつくらなければならない。