【第669回】 胸を鍛え、つかう

呼吸法は重要な稽古なので、いつもやるようにしている。呼吸法が出来る程度にしか、技はつかえないといわれているわけだから、呼吸法によって技のレベルが図れることになる。
しかし、片手取り呼吸法にしろ、諸手取呼吸法にしろ、また坐技呼吸法にしろ、そう容易ではない。その最大の理由は、「呼吸法」とはどういう意味なのか、何を目的とした稽古が分かっていないことである。意味と目的が分からずに稽古をしても上達はない。

呼吸法とは、呼吸力養成法であると考える。呼吸力をつけるための鍛錬法である。一教や四方投げなどの形とは違う。一教や四方投げなどの形は、技を形の中に取り込んでいくことが主な目的である。勿論、この形稽古を通して呼吸力もつけていかなければならない。
呼吸法は呼吸力をつけるための鍛錬法である。従って、呼吸力が着くような稽古をしなければならないのである。場合によっては、相手を倒すことが出来なくともしい。力一杯気と力を出していけば、少しずつ呼吸力がついてくるはずである。呼吸力とは、簡単に言えば、陰陽兼ね備えた力といえるだろう。押すだけでもなく、引くだけの一方的な力ではない。

呼吸法では、息づかいが大事である。初めはイクムスビでやればいい。呼吸法は息づかいの稽古ともいえるだろう。通常の基本の形稽古では、中々難しいが、呼吸法ではこのイクムスビがやり易いはずであるからである。
いずれにしても、呼吸法は息によってやらなければ上手く行かないはずである。

ここまでは、やろうと思えば誰でもできるようだが、この先がちょっと難しくなる。例えば、片手取り呼吸法でも諸手取呼吸法でも、相手に取らせた手を相手の首までは上げる事ができるのだが、そこからその手が上がらず、相手が倒れてくれないのである。そうすると首のところにぶつかっている手に力を込めて相手を倒そうとすることになる。そして相手はますます頑張ってくることになる。

過って自分もそうだったので、よく分かる。この問題には結構長い間悩まされたが、最近、この問題は解決したので、その原因と対策を説明する。
持たせている手が相手にぶつかってしまう原因は、そのほとんどが手を振りまわして倒そうとすることによる。手を振りまわすという事は、手先と腰腹の結びがなく、手だけが先行して動いているということである。しかし、これは、手先と腰腹を結び、腰腹で手をつかえばいいわけだから、すぐに出来るようになるだろうからそれほどの問題ではない。
問題は、手先と腰腹を結び、腰腹で手をつかっても、その手が相手の首のあたりにぶつかって動けなく事である。

このぶつかる原因は、実は腰腹をつかうことにあるのである。腹で息をして、腹で手を動かしているから引っかかるのである。折角、腹の力で手をつかうようになったのに、それは駄目だという事なのである。それでは、腹をつかって手を動かすのは間違いかというとそうではない。手はあくまでも腹でつかわなければならない。但し、腹だけでは、手は相手にぶつかってしまうので、ぶつからないために、これに新たな事を加えなければならないのである。

それは胸である。腹からの息を胸に上げ(縦)、胸中を横に拡げ、そして相手を導き、制するのである。ここでは腹は体 胸は用ということになるだろう。
腹でやると手はつまってしまい、肩で止まってしまって上がらないのである。手を上げるためには胸をつかって、胸の息づかいで相手を導き制するのである。

引く息は火であるから、胸中に気を充満するから、胸中は大きなエネルギーに満たされることになる。腹では気を凝縮するのである。
胸に気を入れることにより、肩が貫け、腹から手先まで気が流れるわけである。

腹からの気を胸に上げ、胸を横(水平方向)に開くと、十字の気の流れ、肩が自然と貫け、手が自然と上がってくるのである。
剣を振り上げて切り下すのも、この十字の気の流れに沿ってやるといい。

大先生をはじめ、武道の達人や名人といわれる人の胸は厚く、しっかりしているが、これは胸をつかい、鍛えたということであろう。
息で胸中を鍛え、剣や素手を胸でつかい、しっかりした胸をつくられたのだと思う。