【第655回】 手先で呼吸

合気道は技を練って精進していく武道である。そしてその技は手で掛けるのだが、この「手で掛ける」には深い意味があることがわかった。
技を手で掛けるとは、足等ではなく、手を使うという意味だけではないのである。よく考えてみると、手を使うというだけでは余りにも一般的で、薄っぺらく、わざわざいう事でもないだろう。

技は「手で掛ける」とは、技になるように手を遣いなさいということである。手を遣うことによって、相手と結び、相手を導き、そして極める技づかいをするのである。
それでは具体的にどうするかというと、相手に手を取らせようが、手で打ち込ませようが、まず、己の手先を力と気(生命エネルギーであるが、難しければ気持ちと思えばいい)を入れ、手首を支点にして指先を開きながら、その力と気を指先方向に力一杯放射する。次に、手首を支点にして力と気を肘方向に力一杯引く。これで手先から肩までの手が鋼鉄のように強健になると同時に、肩が貫け、手先から気が腕、肩、背中、そして腹に流れていく。
この腹に入った気を、腹から背中、肩、腕、手先に逆流させて技を極めるのである。因みに、この流れで感じるものこそが「気」であると思う。

技の特徴であるが、手先に力と気を入れると、手を掴んでいる相手の手も突っ張ってきて、浮き上がってくることである。更に、相手の手は突っ張った状態にあるので、相手と離れる事なく、相手と接しながら、相手を導くことが容易になる。相手が突っ張るのは、こちらが手先に力と気を入れ、引くことによって、相手の手先も若干伸びることによって、腕が伸びきった状態になる。恐らく、この方法が、相手を無力にしてしまう昔の武術の一つであったと思う。

手先に力を十分入れなかったり、手先が死んでいれば、技を掛ける己の手、腕が折れ曲がってしまい、技は掛からないことになる。そのために、手先にしっかり力と気を入れて手をつかうようにしなければならない。
呼吸法(片手取り、諸手取、坐技)で十分稽古をするのがいいだろう。

手先に力と気をいれるとは、手先で呼吸するということでもある。しかし、この呼吸は、これまでの腹や胸でやり腹式呼吸や胸式呼吸とは一寸違う。違うというのは、これまでの呼吸は、腹式呼吸や胸式呼吸が先行して、手足などの体の末端を動かすものであったが、この手先の呼吸は、手先にまず力と気を入れ、それから腹から息を出し、そして手首を支点として力と気を、力を込めて引き、それから胸式呼吸で息を引くのである。慣れてくれば、通常の腹式呼吸や胸式呼吸で出来るようになるのだろうが、初めはこの手首の呼吸で思いっきりやった方がいいだろう。
手先の呼吸の手で技を掛けられるようになると、それまでの技づかいと異質なものになる。腕力に頼る魄の稽古から、魂の稽古とまでは行かないとしても、呼吸と心が主体となって技を掛ける稽古、そして「気」の稽古になるはずである。

この手先の呼吸は、足先でもつかえるはずである。また、胸取りや肩取りで胸や肩を掴ませた時も、この手先の呼吸の要領で胸や肩を遣えばいいのでないかと考えている。