【第640回】 指一本鍛えるにも全身で

近年は、相対での形稽古の前に準備運動をするようになった。手首や肩などの関節をほぐしたり、開脚で脚を柔軟にする運動である。
私が入門した頃で、開祖がおられた頃は、今のような準備運動はなく、形稽古の前の準備運動としては、舟漕ぎ運動、一教運動、転換運動、入身転換運動、それに相対での転換法や呼吸法などがあった。
今と50年前では準備運動のやり方は大分変ってきたわけである。

スポーツでの準備運動、所謂、体操は体の部位を伸ばしたり、鍛える。スポーツは走ったり、飛んだり、投げたり、組んで戦ったり、打撃戦であったり、得物(竹刀、フェンシング剣など)で戦ったり等‥ルールによって制限された限定的な範囲の勝負になるから、体をつかう部位も限定さることになる。従って、準備運動で伸ばしたり、鍛える箇所も限定的、部分的となるわけである。

それに引きかえ、武道、取り分け合気道は、可能性のある敵、得物、攻撃法に対応すべく稽古をしなければならない。例えば、何処をどのように掴まれても、突かれても蹴られても、短刀で突かれたり、切りかかられても、それに対応する技をつかえなければならない。そのためには、全身をつかう必要があるから、全身の部位を柔軟にしたり、強靭にする必要がある。

今の合気道での準備運動は、ほぼスポーツの準備体操のようである。言うなれば、ラジオ体操的体操である。先述のように、体の部位を部分的に伸ばしたり、鍛えているものである。
武道である合気道の準備運動は、スポーツ的ではなく、武道的にやるべきだと思う。どのようにするかというと、例えば、指一本伸ばしたり、鍛えるにも、その指だけを伸ばしたり、鍛えるのではなく、全身で伸ばし、鍛えるのである。

全身で伸ばしたり、鍛えるためには、その指と腹を結び、腹からの力で指を伸ばし、鍛えるのである。そしてそのためには呼吸に合わせて腹をつかい、指先に力を掛けていかなければならない。
腹と息によって指が鍛えられるわけだが、これを逆から見ると、指一本によって、腹と息、つまり全身が鍛えられることになるわけである。
具体的には、息を一寸吐いて指を他方の手の平で握り、そして息を引きながらその指を伸ばす。限界まで来たところで、息を吐きながら更に伸ばす。

指だけでなく、手首でも肘でも、体のあらゆる箇所を鍛えることが、腹を鍛え、全身を鍛えることになるわけである。これが武道の合気道の準備運動であるべき姿だと考える。