【第497回】 母指球と腹

合気道の稽古をやっていると、いろいろと驚く発見があったり、感動させられるものだ。体を自分のものと思って、何の疑問も持たずに使っているが、稽古していると、体の不思議さを思い知らされるようになってくる。

例えば、以前から書いているように、体の関節ごとに分かれている各部位は十字に働くようにできており、合気道の技をかける場合も、体を十字でつかえば技は効くようになる等である。

また、体のある部位とある部位は密接な関係で結びついていることである。例えば、手の平にある「手刀」と腰は緊密に結びついている。このような「手刀」で、相手が打ちこんでくる手を受け止めれば、相手の力を己の腰で受け止めることになるから、相当の力でも受け止めることができるのである。

ちなみに、緊密に結びついているとは、一方の部位、つまり「手刀」にかかった力が、他方の部位、この場合は「腰」に100%伝わる、ということと考えてよいだろう。このようなことを教えてくれるのは誰かというと、己の体なのである。

今回は、体が教えてくれたもうひとつの体の部位の密接な関係を見ることにしよう。それは、母指球と腹である。

合気道の技をつかう場合、母指球は大事である。初心者は母指球など意識しないで稽古しているが、母指球は思っている以上に大事な働きをしているのである。

母指球をつかわない、つまり、母指球に体重がかからない極端な例としては、高齢者の歩行があげられる。多くの高齢者は、踵と小指球にだけ体重をかけて歩いているが、これでは脚の外側にだけ力が流れ、股の内側が0脚気味になって、力が流れない状態になる。一般的に、若い内は股の内側にも力が通っているが、年を取ってくるとその内側の力がなくなり、外へと移っていくのである。ただし、外国人はまた違うようである。

合気道の稽古をしていても、母指球をつかうようにしないと、力が腹に集まらず、外へ分散してしまって、大きい力が出ないことになる。

なぜ母指球をつかわないと大きい力が出ないかというと、理由は簡単である。母指球と腹は結んでいるので、母指球にかかった体重が腹に伝わり、その力を腹で増幅したものを手などでつかうことができるからである。ちなみに、踵と腰も密接に結びついている。ただし母指球と腰、踵と腹にはそのような緊密なつながりはないようなので、技をつかう際には気をつけなければならない。

通常、歩を進める際に、足が床に着地すると、体重が踵から小指球、そして母指球とかかるので、これで母指球まで体重がかかることになる。これが踵から小指球までで終わってしまうと、老人歩きになるわけである。若々しく、力強い歩を進めるためには、母指球まで体重を移さなければならない。母指球に体重が十分乗れば、腹はできてくるもので、腹と母指球の結びがますます強靭になるのである。

合気道の技をつかう際には、体の体当たりということでまっすぐに進んでから、△(三角)で入身・転換し、○(丸)くさばいていく。体をひねらずに△や○につかっていくためには、この母指球をつかわなければならない。母指球が十分に働くことによって、腹も十字に内転・外転し、体をひねらずに済むのである。二教裏が効くためにも、母指球の役割は大きい。

母指球が十分に働くように、技をかける際には意識してつかい、そして鍛えなければならない。母指球が十分働くようになれば、技も効くようになるだろうし、年をとっても若々しく歩くことができるだろう。