【第477回】 △○□(丸・三角・四角)で技をかける

合気道は「△○□の実行」であり、また「気剛柔流、気△○□を根本として気によって技を生んでいく」ものであり、さらに「合気道とは、大自然の絶対愛を基として、体を△に象(かたど)り、○を中心に、気により△□の変化と気結び、生産びを身体に現わし、生み出しつつ気魂力を養成し、皆空の心と体を造り出す精妙なる道である」(「武産合気」)ということである。だから、技はこの△○□でかけなければならないことになる。

しかし、この△○□がどのようなものなのか、そして、どのようにつかえばよいのか、が問題である。

ある年の年賀状に、今は故人となった先輩が「合気の技は、△(三角)で入身し、○(まる)く捌き、□(四角)に収める」というようなことを書かれていた。当時はそうだろうなと漠然と思ったものだが、最近になって、合気の技はこの△○□でかけなければならない、と確信するようになった。

年賀状でこの言葉を多くの人たちに披露した先輩には、絶対の自信があったのだろう。先輩は大先生のお気に入りで、大先生のお側に頻繁におられたこともあったから、もしかするとこの言葉は大先生から伺ったものではないかと思う。

△○□に関しては、三元であるとか、イクムスビ(△)、タルムスビ(○)、タマツメムスビ(□)とか、天火水地の経綸とか、気剛柔流とか、正勝、吾勝、勝速日とかいわれている。だが、このような難しいことは我々の今のレベルでは理解できないし、技の稽古で具体的にどのように取り入れていけばよいか分からないのが現状である。

難しいことはさて置いて、まずは先輩の言葉「△(三角)で入身し、○(まる)く捌き、□(四角)に収める」から、△○□の意味を確認し、それをどのように技に取り入れればよいかを研究してみよう。

  1. △(三角)で入身する、とは、心を丸く体三面に開く、という半身の体制から、相手に気の体当たりと体の体当たりをし、相手と結び一体化することであろうと考える。相手が打ってこようが、手をつかんでこようが、入身をして相手と結ぶのである。実際に、この△で入身をしなければ、技は効かないはずである。
  2. 次は、○(まる)く捌く、であるが、手先だけでは○にならない。○は、縦の動きと横の動きの縦横十字の動きによってできるものである。例えば、正面打ち入身投げの裏の場合、相手の打ってくる手を、こちらの手で三角に入身しておさえたら、転換しながらその手を切り下すわけだが、切り下した手で相手を倒そうとしても、相手の首に手が引っかかって、技にならないはずである。なぜならば、切り下しただけでは一方向だけの動きなので、円にならず相手とまともにぶつかることになるからである。
    ○をつくるためには、切り下したら、さらにその切り下した方向と直角になる方向へ転換して、切り下さなければならないのである。
    ただ、最初に切り下すのはそれほど難しくはないが、そこから十字に方向を変えるためには、稽古が必要だろう。例えば、手先と腰がつながっていて、腰で手が動くようにならなければならないし、腰が回るように、股関節を柔軟にしなければならないのである。
    つまり、十字になるとは、最初の切り下した手の方向とは十字になること、さらに、腹の面と足の爪先が向いている方向が十字になること、なのである。
    この十字ができて初めて、円ができ、相手がこちらの周りをまわることになり、こちらの円の中に入るのである。十字に体をつかうから、円ができるのである。これが○(まる)くさばくということであり、十字にならないで相手をぐるぐる回すことではないのである。
  3. ○(まる)く捌けば、あとはその技を収めればよい。□(四角)に収める、とは受けの相手が倒れることで、技の終盤である。そこではいつでも相手を倒せるこころとからだの準備万端が整っていることと、最後の収めの休みどころである。
    技においては、受けの相手の体制と技をかける己の体制が十字になり、こちらには相手の死角や弱点が把握されている。十字となって四角に収める開祖と有川師範の技づかいを、写真で紹介する。
    □(四角)に収める典型的なものは、技の最後の収めであるが、これには態勢と息とこころがしっかり収まらなければならない。
このように、技は△○□でかけなければならないはずである。