【第44回】 体の表と裏

すべてのモノには表と裏がある。動物である人間の体にも表と裏がある。 表は人が四つんばいになったとき、太陽の光があたる面といわれる。従って、表は背中側、裏は胸やお腹側である。

人は魚類、爬虫類、哺乳類、人類と進化してきた過程上、光のあたる表を使ってメーンの仕事をし、裏の部分には内臓など大事なものを収蔵している。裏にある内蔵などを表が保護しているわけである。

相手を攻撃する場合には、弱いこの裏の部分を攻撃することになる。攻撃する場合、表の背中や腰を攻撃するものはいないだろう。表には力があり、エネルギーがある。熊やライオンが前足で相手を倒すときの力は、表からの力である。 腰を入れろとか、腰を使えというのは表の力を使えということでもある。

大きな仕事は表の筋力を使うのが自然である。裏でやっても効果は出ない。優秀なボクサーや空手家の筋肉は表の背中側についているが、裏の胸にはあまりついていない。ボクシング、空手、剣道などのスポーツや武道だけでなく、能、日本舞踊およびバイオリニストや太鼓奏者の手の使い方や力の出し方も、優秀な人は表の背中や腰を使用し、下手は裏でやっているといえる。上手は大きく、のびのびとやるが、下手は小さく、つまらせてやることになる。

合気道でも、初心者は技を裏でやっていると言える。力が有効に使えないだけでなく、この力は不自然なためか相手に反抗心を起こさせてしまい、争いをおこしてしまう。しかし、表を使うことはなかなか難しいようだ。自分のこれまでのやり方を転換するには、その重要性を自覚し、新たな努力をしなければならないが、誰もそんなことを教えてくれないからである。現代人は、物事は誰かが教えてくれるものと考えがちである。

体の表を使うようにするには、まず、表を意識することである。表の力と裏の力の違いを判別し、表の力の量だけでなく、質の違いを信じることである。次に、自分の体の表を目覚めさせ、活性化することである。それを稽古で定着させる。合気道のすべての技は本来、表を鍛えることができるようにできているのだが、その内でも表を鍛える技として最適な基本技は後ろ両手取りからの技である(第3回 表を使う 参照)。この後ろ両手取りで背中や腰の表に意識と力を集めると、裏で両手を押さえに来る相手が相当力を入れてきても、容易に制することができ、表の力が裏の力の量的、質的大差がわかるはずだ。後ろ両手取りだけではない。片手取り首絞め、両袖取り、両肩取りなど後ろ取りの技はいろいろあるが、いずれも体の表を鍛えるのに最適な技である。

道場の外でも鍛えることは出来る。例えば、道衣や書類のカバンを手でもつとき、表の筋肉が働くように持つことである。つまり、カバンの重量が手先から腕、肩を貫いて、背中、腰に行くようにするのである。重量が体の全面の裏にかかると、力が胸にかかり、肩がこり、あまり長い間もつことができない。
かつて故有川師範の稽古帰りによくご一緒させて頂いたが、その時は師範のカバンをお持ちしたものだった。師範は、「カバンをもつのはいい勉強になるぞ」、と言われていたが、その頃は、何が勉強になるのかはっきり分からなかった。カバンは、それほど重いものではなく、力をつけるためでないことは分かっていた。そこで自分なりに、多分、小指の鍛錬ではないかと思って持っていたのだが、ここにきてやっと、師範のいわれた勉強は、「表でもつ」ことだったのではないかと思うに至った。